1.兵庫県 2.摂津国

有間神社 (兵庫県神戸市北区有野町有野)

社号 有間神社
読み ありま
通称
旧呼称 山王宮 等
鎮座地 兵庫県神戸市北区有野町有野
旧国郡 摂津国有馬郡中村西尾村
御祭神 大巳貴大神、少彦名大神、天御中主大神、事代主大神
社格 式内社、旧郷社
例祭 10月第2月曜日

 

有間神社の概要

兵庫県神戸市北区有野町有野に鎮座する式内社です。

当社の創建・由緒は詳らかでありませんが、当初は名来村(現在の西宮市山口町名来)に鎮座していたと伝えられています。『日本書紀』では舒明天皇や孝徳天皇の御代に天皇が度々有馬温泉を訪れたことが見えますが、当社の社伝ではこれに関連し、舒明天皇や孝徳天皇の有馬温泉行幸の際に当社も参拝したと伝えています。

霊亀元年(715年)に有馬川で洪水があり、当社の社殿も流されたため、神託によって現在地へ遷座したと伝えられています。

江戸時代まで当社は「山王宮」と称しており、現在「大巳貴大神」を祀っているのはその名残と思われます。社伝では「少彦名大神」も古くから祀られていたと伝えられている一方、山王系の神である大山咋神は祀っていないようです。

また「山王」が「産の緒」に通じることから古くから安産の神社として信仰されており、神前の子安石に安産を祈願して神前の川で身を清める風習がありました。江戸時代の地誌『摂津名所図会』にも「婦人産期に水涯に出て分娩にいまだ嘗てこの里に産死のものあらず」と記されています。

上述の通り当社は「大巳貴大神」「少彦名大神」の二柱を祀っていましたが、安和元年(968年)に「天御中主大神」を配祀し、さらに時代が下って昭和十年(1935年)に島根県松江市美保関の美保神社から「事代主大神」を勧請し、現在の体制に至っています。

『延喜式』神名帳では湯泉神社が大社なのに対して当社は小社とありますが、後に当社は隆盛を極め、摂津国有馬郡の総鎮守として広く信仰され、有馬郡内有数の神社となったようです。

 

境内の様子

境内入口。境内の東側に東向きの鳥居が建っています。

なお、境内の東方150mほどの地に一の鳥居が建っているためこの鳥居は二の鳥居となります。(一の鳥居の記録は失念)

 

二の鳥居の右側(北側)の傍らに「有馬社」と刻まれた石碑が建っています。

これは江戸時代中期の地理学者・並河誠所が当時所在不明となっていた式内社を研究し、比定された神社に記念として建立されたもの。

摂津国の式内社ではよく見かけるものです。

 

二の鳥居をくぐった様子。当社は丘陵の麓に鎮座しており、高低差のある境内となっています。

また当社の社叢は鬱蒼としており巨樹も多く、貴重な森として神戸市指定天然記念物となっています。

 

正面石段の途中、右側(北側)に手水舎があります。

 

石段の上に三の鳥居が東向きに建っています。

かつてここには孝明天皇即位の大嘗祭で用いられたものを下賜された黒木鳥居が建っていました。これが朽ちてしまったため、現在建っている三の鳥居はコンクリート造で黒木鳥居を再現したものです。

 

有間神社

有間神社

社殿は三の鳥居よりも北側にズレて建っているため、三の鳥居から伸びる石畳は升形状に折れています。

社殿は東向きに並んで建っており、拝殿はRC造の銅板葺・平入切妻造に小さな千鳥破風と向拝の付いたもの。拝殿は破風の上に千木が付いているのが特徴です。

戦前は簡素な妻入切妻造で壁の無い簡素な拝殿(幣殿と呼んでいたらしい)だったようです。

 

拝殿前の狛犬は花崗岩製。

 

後方の本殿は銅板葺の三間社流造。大型の本殿で、寛政八年(1796年)に再建されたもの。

 

本社社殿の右側(北側)に数多くの境内社が鎮座しています。

 

本社拝殿の右側(北側)に二社の相殿が南向きに鎮座。左側に「八幡社」(御祭神「応神天皇」)が、右側に「天神社」(御祭神「菅原道真公」)が祀られています。

 

二社の相殿の奥側(北側)に二社の境内社が一つの覆屋に納められて鎮座しています。左側の祠には「猿田彦社」(御祭神「猿田彦大神」)が、右側の石祠には「窪森社」(御祭神「天照大神」)が鎮座。

 

猿田彦社の裏側に「猿田彦大神」と刻まれた石碑が建っています。

 

二社の相殿の左側(西側)、玉垣を越えたところに「稲荷社」が東向きに鎮座。御祭神は「天光岩光大明神」「天上清春大明神」。

 

稲荷社の左側(南側)に「武臣社」が鎮座。社殿でなく「武臣大神」と刻まれた石碑で祀られています。

神社の説明では武臣大神とは神武天皇が東征で苦戦していた時に天皇を助けた神としていますが、記紀にはそのような神は登場しません。単純に神「武」天皇の「臣」下の意味かもしれません。

 

武臣社の左側(南側)、本社本殿のすぐ右隣(東側)に「奥津社」が東向きに鎮座。御祭神は「奥津日子神」「奥津比売神」。竈神として信仰されています。

 

本社本殿の左側(南側)には「国常立尊社」が東向きに鎮座。御祭神は「国常立尊」。

 

境内の森の中へ伸びる石段を上っていくと「黒尾社」が東向きに鎮座。御祭神は「黒尾大神」。当地の山の神で、狸の姿をしていると言われています。

 

道を戻り、参道の石段下の左側(南側)に「不動明王」を祀る祠が東向きに鎮座。

かつて当社の神宮寺で明治年間に廃寺となった「山王山神宮寺」で祀られていたと言われています。

 

タマヨリ姫
有「馬」じゃなくて有「間」なんだ!有馬じゃアリマせん、なんてね!
ふふっ。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板「式内総社 有間神社」

+ 開く

式内総社 有間神社

御祭神

天御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)
大巳貴大神(おおなむちのおおかみ)
少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)
事代主大神(ことしろぬしのおおかみ)

御由緒

当社は往古山口庄名来村(現在の西宮市山口町名来)で創建され、舒明・孝徳 両天皇が有馬温泉に行幸された時、再三にわたって参拝され、八十三束の圭田を賜るなど皇室とは縁の深かった式内社です。

霊亀年間(西暦七一五年)に有馬川が氾濫して境内地が流失したため御神託により現在地に遷座されました。古くは摂津国有馬郡一の宮有間総社と称され、旧有馬郡十六ヶ町村の総氏神として、崇められた由緒ある神社です。

天正年間 羽柴秀吉が三木状を攻めた時と元和八年及び寛政六年の三度にわたり炎焼し、寛政八年(西暦一七九六年)に再建されたのが現在の本殿です。

拝殿前の 有馬社 の社号石は 天文元年 当時寺社奉行であった大岡越前守の命により、当時摂津国の由緒ある式内社の中で神社名が誤り伝えられていた二十社に建てられたものの一つです。又、石段を登りつめたところに建っている黒木の鳥居は、孝明天皇の御即位の時の大嘗祭に使用されたものを嘉永二年宮中から払い下げを受けたものが朽ちたため、人造のものに再建したものです。

主な祭り

歳旦祭 一月一日
初戎 一月九・十・十一日
祈年祭 四月二十三日
夏越の大祓 六月三十日(夕刻)
例大祭 体育の日
新嘗祭 十一月二十三日

『摂津名所図会』

+ 開く

有間神社

同郡中尾の属邑西尾村にあり。延喜式出。今山王と称す。近隣七村の生土神と素。例祭を共にす。村民平日穢を忌。婦人産期に水涯に出て分娩にいまだ嘗てこの里に産死のものあらず。

 

地図

兵庫県神戸市北区有野町有野

じゃらんで見る

JTBで見る

日本旅行で見る

 

-1.兵庫県, 2.摂津国
-,

Copyright© 神社巡遊録 , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.