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往馬坐伊古麻都比古神社 (奈良県生駒市壱分町)

社号 往馬坐伊古麻都比古神社
読み いこまにいますいこまつひこ
通称 往馬大社、生駒神社 等
旧呼称 往馬大明神、生駒社 等
鎮座地 奈良県生駒市壱分町
旧国郡 大和国平群郡壱部村
御祭神 伊古麻都比古神、伊古麻都比売神、気長足比売命、足仲津比古命、誉田別命、葛城高額姫命、息長宿祢王命
社格 式内社、旧県社
例祭 10月第2日曜日

 

往馬坐伊古麻都比古神社の概要

奈良県生駒市壱分町に鎮座する式内社です。『延喜式』神名帳には大社に列せられており、古くから有力な神社でした。

当社の創建・由緒は詳らかでありません。

当社は創建当初は社名から「伊古麻都比古神」およびその対になる女神である「伊古麻都比売神」の二柱が祀られたものと考えられます。

この二柱は記紀などの史書に登場せず、生駒山山麓である当地における地主神であるとも、また生駒山の神であるとも考えられます。

生駒山は古くから神の宿る山として信仰される神体山であり、それを示すように生駒山地の中腹や麓には数多くの式内社が分布しています。

特に標高642mの生駒山の山頂から見て真東の麓に鎮座するのが当社であり、ちょうど生駒山の山頂を遥拝するような立地と言え、生駒山と浅からぬ関係にあることが推測されます。

生駒山の西側から生駒山を神体山として信仰したのが大阪府東大阪市出雲井に鎮座する「枚岡神社」であり、それに対して東側から信仰したのが当社であると言えるかもしれません。

このように山岳信仰として生駒山に宿る神を祀っていたのがいつしか人格神として信仰されるようになり、社殿が造営され祀られたのが恐らく当社だったのでしょう。

一般に山の神は春になると里へ下りて田の神・水の神として豊穣をもたらし、秋になり収穫を終えると山へ戻るとして信仰されており、当社もこのような神であったことが考えられます。この意味で、地主神であることと山の神であることは表裏一体であるとも言えます。

 

当初はこのような信仰だったと考えられますが、中世以降は従前の二神に加えて八幡神が勧請され、「気長足比売命」「足仲津比古命」「誉田別命」の八幡三神、さらには気長足比売命(神功皇后)の母である「葛城高額姫命」、同父である「息長宿祢王命」の二神も祀られるようになりました。

当社には鎌倉時代の「絹本著色生駒曼荼羅図」(以下「生駒曼荼羅」と表記)が伝えられており、国指定重要文化財に指定されています。同じく室町時代の「絹本著色生駒曼荼羅」(奈良県指定有形文化財)も伝えられており、これら曼荼羅から中世の当社の信仰の様子を窺うことができます。

(参考リンク:奈良国立博物館「重要文化財 生駒宮曼荼羅」

生駒曼荼羅では中心に当社の社殿が描かれており、七棟の本殿が配置されています。そして本殿のそれぞれ上部に祭神に対応する本地仏が描かれています。

生駒曼荼羅に描かれている七棟の本殿は、左側の五棟がやや大きく、その右側の二棟がやや小さく描かれており、さらに右端の本殿は他の本殿と異なり左側(南側)を向いています。

左側のやや大きな本殿は気長足比売命をはじめとする八幡五神で右側のやや小さな本殿は伊古麻都比古および伊古麻比売です。ここから、本来の祭神であった後者は脇へと追いやられ、八幡神が主祭神としての座に就いている様子が窺えます。中世の信仰の変化が如実に表れていると言えましょう。

さらに生駒曼荼羅の上部には生駒山の向こうに海が広がり、そこに描かれた社殿から雲に乗って衣冠束帯の神が飛来する様子が描かれています。

この神は諸説ありますが、上部に描かれる社殿は住吉大社で、雲に乗って飛来する神は住吉神ではないかとする説があります。

住吉大社に伝わる古典籍『住吉大社神代記』には垂仁天皇と仲哀天皇から膽駒嶺(生駒山)を寄進され神領となったことが記されており、生駒山と住吉大社の関係が古くからあったことが示されています。

また、生駒市中部を源流とし磐船峡を抜けて大阪府交野市へと流れ淀川へ注ぐ「天野川」に沿って多くの住吉神社が分布しています。

大和国(奈良県)は住吉信仰があまり盛んでありませんが、大和国の北西端であり淀川水系である天野川に沿って例外的に「住吉信仰圏」とも言うべき一帯が広がっており、水系は異なるもののその先に当社があると言えなくもありません。

こうしたことからかつて当地でも住吉信仰が行われ、生駒山の先にある住吉大社を志向していたことも考えられるかもしれません。(ちなみに境内社に住吉社あり)

 

なお江戸時代以降には伊古麻都比古神と伊古麻比売神はほぼ忘れ去られたようで、代わりに牛頭天王と八王子を祀っていたようです。

明治以降に再び伊古麻都比古神と伊古麻比売神が祀られるようになり、本来の祭神であったことを鑑みて中央に祀られるようになりました。

 

さて当社は古くから「火の神」としても信仰されています。

平安時代の記録に大嘗祭に関わる火鑽の木を当社から納めたと記されており、当社の神は「火燧木神(ひきりぎのかみ)」として知られていたようです。大嘗祭において悠紀・主基二国を決める際に亀卜が行われますが、その際に火を熾すための木が当社から献上されていたようです。

また、10月第2日曜日に行われる例祭は「火祭り」とも呼ばれ、火を灯した松明を持った二人がゴゴウシと呼ばれるススキの御串を燃やしながら境内を駆け抜ける非常に勇壮な神事が行われます。

この「火祭り」は生駒市指定無形民俗文化財にもなっています。

信仰の様相は時代によって変わっていきましたが、現代においても神奈備たる生駒山の古式ゆかしい神秘的な信仰を伝える神社であると言えましょう。

 

境内の様子

往馬坐伊古麻都比古神社 往馬大社

往馬坐伊古麻都比古神社 往馬大社

境内入口。生駒山の東麓にあるちょっとした台地上に当社は立地しています。この台地の麓に鳥居が東向きに建っています。

鳥居をくぐると広い空間となっており、数多くの建物が建っていますがこれらは後述することとし、先に社殿の方へ進みます。

 

鳥居をくぐって真っすぐ進むと長い石段が伸びており、台地の上の社殿まで続いています。

 

石段下の右側(北側)に手水舎があります。

 

石段を上っていくと途中に神門が建っています。銅板葺の向唐破風の屋根で、四脚門となっています。

 

神門前の左右に配置されている狛犬。砂岩製のがっしりとした狛犬です。

 

往馬坐伊古麻都比古神社 往馬大社

さらに石段を上っていくとすぐ正面に社殿が東向きに並んでいます。

拝殿は銅板葺の平入入母屋造で唐破風が付いたもの。さらに正面には庇が設けられています。

桁行五間・奥行二間の比較的大規模な建築で、壁が無く開放的な構造です。

 

後方の石垣上に透塀に囲われて七棟の本殿がズラッと並んでいます。

本殿はいずれも檜皮葺の春日造ですが、両端の本殿は一回り小さく、また中央の本殿にのみ唐破風が付いています。

左から順に「息長宿禰王命」「気長足姫命」「誉田別命」「伊古麻都比古命」「伊古麻都比咩命」「足仲彦命」「葛城高額姫命」が祀られています。

 

往馬坐伊古麻都比古神社 往馬大社

社殿全体の様子。官幣大社であってもおかしくないような大規模なもので、実に豪壮な印象を受けます。

 

境内社の様子

境内社を見ていきます。本社拝殿の南側に「祓戸社」が東向きに鎮座。御祭神は「瀬織津比賣神」。

社殿は檜皮葺の春日見世棚造。

祓戸社は奈良県内の比較的大きな神社でよく見かけるもので、当社ではどうか不明ですが多くは本社参拝前にまず参拝して身を清める風習があります。

 

祓戸社のすぐ前に「上溝桜(うわみずざくら)」と呼ばれる桜の木が植えてあります。

上記の概要に示した通り当社は大嘗祭に関わる火鑽の木を納めていたことが平安時代の記録から知られています。その木は『古事記』の天岩戸の段でも卜占で用いられていたように、「ハハカ」すなわち「ウワズミザクラ」であったとされています。

昭和や平成の大嘗祭でも当社からウワズミザクラの木が献上されました。(令和の大嘗祭は不明)

案内板「上溝桜」

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上溝桜

この桜の木は、天皇陛下の大嘗祭に関わる斎田点占の儀に使用された御神木です。平成の大嘗祭にも当社よりこの上溝桜を献上致しました。四月中旬から下旬頃に白い房状の小さな花を咲かせます。

 

祓戸社の南側に土地の高くなった広い区画があり、鳥居が東向きに建っています。

この区画内に多くの境内社が鎮座しています。

 

この鳥居をくぐって左側(南側)に「生駒戎神社」が東向きに鎮座。御祭神は「事代主神」。

社殿は銅板葺の春日見世棚造で覆屋に納められています。

 

生駒戎神社の右側(北側)に四社の境内社が一つの覆屋に納められた「南末社」が東向きに鎮座しています。祀られているのは左から順に次の通り。

  • 月読社」(御祭神「月読命」)
  • 猿田彦社」(御祭神「猿田彦神」)
  • 住吉社」(御祭神「底筒男命」「中筒男命」「表筒男命」)
  • 伊弉諾社」(御祭神「伊邪那岐命」「伊邪那美命」)

社殿はいずれも春日見世棚造。

この内の住吉社は当社に伝わる生駒曼荼羅との関係で注目すべきかもしれません。(詳細は上記概要を参照)

 

南末社の右側(北側)に「稲荷社」が東向きに鎮座。御祭神は「宇迦之御魂神」。

社殿は春日見世棚造で覆屋に納められています。素木であり狐の置物等もなく、稲荷らしさは感じられません。

 

続いて本社本殿の右側(北側)へ。こちらにも土地の高くなった区画があり、境内社が鎮座しています。

 

この区画へ入る石段を上って正面に「英霊殿」が東向きに鎮座。

社殿は銅板葺で神明造に似た平入切妻造です。

 

英霊殿の右側(北側)に五社の境内社が覆屋に納められた「北末社」が南向きに鎮座しています。祀られているのは左側から順に次の通り。

  • 大山祇社」(御祭神「大山祇神」)
  • 春日社」(御祭神「天児屋根命」)
  • 神明社」(御祭神「天照大神」)
  • 仁徳天皇社」(御祭神「大雀神」)
  • 豊受比賣社」(御祭神「豊受比賣神」)

社殿はいずれも春日見世棚造です。

 

社殿の建つ空間の東端には「観音堂」が東向きに建っています。本瓦葺の宝形造で正面に向拝の付いたもの。

内部には運慶作と伝わる鎌倉末期~室町初期の「十一面観音立像」が安置されており、生駒曼荼羅の複製も掛けられています。

十一面観音は気長足比売の本地仏であり、中世には当社が八幡信仰の神社として信仰されたことがわかります。

 

境内周辺などの様子

道を戻ります。鳥居をくぐった広い敷地にいくつかの建物がありましたが、これらは10月第2日曜日に行われる例祭「火祭り」などの神事で用いられる詰所などの施設です。

当社でこの建物を何と呼ぶかは不明ですが、当サイトではこうした神事の際に用いられる詰所を「座小屋」と称して分類しています。奈良県から京都府南部にかけてよく見られ、この地域の祭祀形態を特徴づける施設であると位置づけています。

当社では四棟、東西南北それぞれに「座小屋」があり、一つずつ見ていきます。

 

敷地の西側にある「座小屋」。当社の座小屋の中で最も大きく、「火祭り」の際にはここから松明を持った人が出発して一気に駆け抜けるなど、神事において最も重要な施設となっています。

桁行六間・奥行二間の本瓦葺・平入切妻造で、左右両側が出入口となっており、正面四間の一間分にのみ机状の板が張られた特徴的な構造となっています。

神具や神饌を置くなど神事の際の便宜のためにこのような構造になっているのでしょう。

 

敷地の南側にある「座小屋」。桁行六間、奥行三間の本瓦葺・平入切妻造。西側の座小屋よりも小規模で床が張られています。

 

敷地の北側にある「座小屋」。南側のものと対になる配置であり、建物の規格も南側のものとほぼ同じです。

 

鳥居のすぐ北側、敷地の東側にある「座小屋」。本瓦葺の平入切妻造で桁行四間、奥行三間の建物。

床が張られていることに加え、正面の柱が省略されており、舞殿的な使われ方がなされているのかもしれません。

 

この敷地の南側には「禊場」があります。いわゆる滝行場で、小さな滝が流れ落ちる岩場となっており、生駒山地の神社でよく見かけるものです。

ただし滝の水は涸れているようです。

 

禊場の辺りにはギンリョウソウが生えていました。

 

当社周辺から望んだ生駒山。当社のすぐ真西が生駒山の山頂となっており、当社は生駒山への遥拝所といった立地になっています。

生駒山と関係の深い神社であることがよくわかります。

 

タマヨリ姫
とても立派な神社!生駒山の神様を祀ってるんだってね!
そうね。鎌倉時代に作られた独自の曼荼羅も今に伝わっていて、当時の信仰の様子がよくわかるわ。
トヨタマ姫

 

御朱印

 

由緒

案内板「徃馬大社 御由緒書」

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徃馬大社 御由緒書

本殿御祭神

伊古麻都比古神(産土大神)
伊古麻都比責神(産土大神)
気長足比賣尊(神功皇后)
足仲津比古尊(仲哀天皇)
誉田別尊(応神天皇)
葛城高額姫命(神功皇后の母君)
気長宿祢王命(神功皇后の父君)

本殿七柱の他に境内外摂社二十社が合わせ祀られております。

徃馬大社は本来生駒山を御神体として祀られた古社であり、神社の境内を覆う鎮守の杜は『総国風土記』の雄略三年(四五八年)でこの年を御鎮座と致しますと、平成二十一年二千五百五十年を迎えます。また、正倉院文書にも記載が見られ、奈良時代からすでに朝廷との関わりがありました。平安時代の『延喜式』(九二七年)では官幣大社に列せられ、その内一座は祈雨の幣も賜っていました。当初神社の御祭神は二柱でございましたが中世に八幡神五柱を合祀して、本殿御祭神は現在の七柱となりました。神社の宝物「生駒曼荼羅」(県指定文化財、室町時代)には七柱の神々と立派な社殿が描かれており、当時の隆盛を物語っております。

徃馬大社が古くから「火の神」としても崇敬篤く、歴代天皇の大嘗祭に関わる火きり木を当社より納めた歴史があり、昭和や平成の大嘗祭の「斎田點定の儀」にも御神木の上溝桜が使用されました。

このような歴史のもので、毎年十月の体育の日の前日に執り行われる火祭りは、古式豊かな伝統行事として生駒市第一号の無形民俗文化財に指定されています。

平成十九年一月吉日

 

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