1.奈良県 2.大和国

大穴持神社 (奈良県御所市朝町)

社号大穴持神社
読みおおなもち
通称
旧呼称三輪明神 等
鎮座地奈良県御所市朝町
旧国郡大和国葛上郡朝町村
御祭神大己貴命
社格式内社
例祭10月6日

 

大穴持神社の概要

奈良県御所市朝町に鎮座する式内社です。

当社の創建・由緒は詳らかでありません。

当社は唐笠山の東側中腹に鎮座しており、社殿には本殿が無く、代わりに木を植えてこれを御神体としています。

式内社「大穴持神社」については記録が殆どありませんが、大同三年(808年)に成立した医学書『大同類聚方』に同社に伝わる薬として「味和(ミワ)薬」が記載されています。

このことから式内社「大穴持神社」は桜井市三輪の「大神神社」と同神、即ち「大物主大神」=「オオナムチの和魂」を祀っていたことが考えられます。事実、当社も江戸時代には「三輪明神」と称しており、現在も御祭神を「大己貴命」としています。

「大神神社」を奉斎した三輪君は、葛城地方を支配し「高鴨神社」や「鴨都波神社」などを奉斎した地祇系賀茂氏と同系氏族で、いずれも大田田根子を祖としています。

大田田根子の子孫の内、葛城地方を本貫としたのが地祇系賀茂氏、磯城地方を本貫としたのが三輪君であるとも考えられますが、当社の存在は葛城地方にも三輪君が居住していたことを示唆しており、両者の交流が活発だったことを示しているのかもしれません。

 

一方、当地は曽我川の支流・朝町川に沿っており、葛城地方を流れる葛城川とは水系を異にしています(ただし最終的にはいずれも大和川に注ぐ)。

この曽我川の上流部、現在のJR・近鉄吉野口駅付近は、江戸時代には葛上郡だったものの元々は高市郡巨勢郷だったと考えられています。(このため、現在の「巨勢山口神社(古瀬)」「大倉姫神社(古瀬戸毛)」は比定を誤っている可能性が高い。詳細は当該記事参照)

古瀬地区に隣接する当地も地形的には一体となっており、であるならば当地もまた『延喜式』の時代には葛上郡でなく高市郡だった可能性が否定できません。

もしそうならば当社は葛上郡の式内社としては不適格で、別の神社に論社を求めなければならないでしょう。

ただ、旧・葛上郡内の他の地に式内社「大穴持神社」に相応しい神社は見当たらず、かつ当地が高市郡だったと確定できる資料も無いので、現状ではかつて「三輪明神」と称していた当社に比定しておくのが最も妥当な見解でしょう。

或いは、巨勢氏の影響の強い曽我川流域において、地祇系賀茂氏が本貫である葛城地方から峠を越えて勢力を伸ばしてきた痕跡が当社であると見ることもできるかもしれません。

 

境内の様子

当社は朝町地区のほぼ南端、唐笠山の東側中腹に鎮座に鎮座しています。

入口はややわかりにくく、八紘寺の北側のにかかる橋から山へ入っていきます。橋の手前側に小さな灯籠が建っているのが目印。

以下、Googleストリートビューを貼り付けておきます。

 

この道をしばらく進んでいくと一の鳥居が東向きに建っています。ここから先の参道は山道となります。

 

鳥居をくぐった先に伸びる参道の様子。手すりが設けられているものの、急坂なことに加えて地面は真砂となっており、非常に滑りやすくなっているので注意が必要です。

特に下りとなる帰りは手すりに掴まりながら下りることをオススメします。

 

大穴持神社 御所市朝町

さらに参道を進んでいくと石段上に二の鳥居が北東向きに建っています。二の鳥居は真っ赤に塗られた両部鳥居で、緑に囲まれた山の中では非常に目立ちます。

 

二の鳥居をくぐってすぐに見える建物。桟瓦葺の平入切妻造で壁で囲われています。

 

回り込んでみるとこの建物はこのようになっており、正面となるこちら側は壁の無い開放的なものとなっています。また床が張られているのも特徴。

この建物をどのように分類するかは判断が難しく、「拝殿」「舞台」「座小屋」「長床」いずれにも当てはまりそうなものです。

他の神社に目を向けると、この奈良県下において吉野口駅近辺にのみこのような建物が見られ、多くは当社のように社殿の手前側で相対するように建っています。

多くが本殿前に建つことを見れば「拝殿」と見ることができそう(事実、鈴の緒を設置している例がある)ですが、構造としては「舞台」に近く、また神事の際に用いられる詰所(当サイトでは「座小屋」と分類)にも似ています。

極めて局地的かつ特徴的な建物であり分類が難しいですが、当サイトでは仮に「巨勢式舞台型拝殿」と分類しておきます。

 

大穴持神社 御所市朝町

一方、「巨勢式舞台型拝殿」の前面は広い空間となっています。

「巨勢式舞台型拝殿」と相対するような配置で空間の奥に石垣と左曲がりの石段が設けられ、その上には社殿が北向きに建ち並んでいます。

 

石段下の右側(西側)には手水舎が建っています。

 

大穴持神社 御所市朝町

斜めに設置されている石段の上には桟瓦葺・平入切妻造の割拝殿が建っています。

 

大穴持神社 御所市朝町

石段を上り割拝殿の通路をくぐると正面奥に拝所が建っています。拝所は銅板葺の平入切妻造で前面は二段になっており庇状に伸びています。

後ろを見るとこの建物自体に奥行きは無く、代わりに塀が設けられており、これが本殿でないことがわかります。

 

拝所前に配置されている狛犬。花崗岩製の小さなものです。

 

当社には本殿が無く、代わりに塀内にカシ類などの木が植えられこれを御神体としています。

大正三年(1913年)刊行の地誌『大和志料』には「古来百日紅ノ大樹ヲ以テ神體トナシ」云々とありますが、現在植えられているのは百日紅(サルスベリ)ではありません。

 

本社拝所の右側(東側)に四社の境内社が北西向きに建ち並んでいます。

祀られているのは左側(南東側)から順に次の通り。

  • 味須伎彦根命神社
  • 八重事代主命神社
  • 味須伎速雄命神社
  • 高照比賣命神社

いずれも地祇系賀茂氏ゆかりの神々であり、当社はかつて「三輪明神」と称しつつも実際には葛城色の非常に強い神社であることが窺えます。

社殿はいずれも銅板葺の春日見世棚造。

 

境内社の背後から社殿群を見た様子。

当社は唐笠山を遥拝する神社であると説明されることもあるものの、山頂が西方にあるのに対し拝所は北向きであり、参拝の方向が山頂とは全く異なる点には注意が必要でしょう。

 

タマヨリ姫
この神社は「大神神社」と一緒で本殿が無いんだね!ここも古い信仰が残ってるってことなのかな?
ここはかつて「三輪明神」と呼ばれてたから「大神神社」と関係が深いと思うわ。ただそちらと違って木が御神体だし、山頂を遥拝する形にもなってないみたいね。
トヨタマ姫

 

地図

奈良県御所市朝町

じゃらんで見る

JTBで見る

日本旅行で見る

 

関係する寺社等

大神神社 (奈良県桜井市三輪)

社号 大神神社 読み おおみわ 通称 旧呼称 三輪明神 等 鎮座地 奈良県桜井市三輪 旧国郡 大和国式上郡三輪村 御祭神 大物主大神 社格 式内社、二十二社、大和国一宮、旧官幣大社 例祭 4月9日 式 ...

続きを見る

-1.奈良県, 2.大和国
-,

© 2021 神社巡遊録 Powered by STINGER