1.奈良県 2.大和国

宇奈多理坐高御魂神社 (奈良県奈良市法華寺町)

社号 宇奈多理坐高御魂神社
読み うなたりにいますたかみむすび
通称 西の宮さん 等
旧呼称 揚梅天神 等
鎮座地 奈良県奈良市法華寺町
旧国郡 大和国添上郡法華寺村
御祭神 高御魂尊、天太玉命、思兼命
社格 式内社、旧村社
例祭 10月10日

 

宇奈多理坐高御魂神社の概要

奈良県奈良市法華寺町に鎮座する式内社です。『延喜式』神名帳には大社に列せられ、古くは有力な神社だったようです。

社伝によれば武内宿禰の勧請と伝えられています。

『日本書紀』持統天皇六年(692年)十二月二十四日の条に新羅の調を伊勢神宮、住吉大社、紀伊神社(不詳)、大和神社と共に当社にも奉ったことが記されており、これら神社と並ぶ有力な神社だったと共に、七世紀末には既に当社が鎮座していたことがわかります。

社地は平城京の東に張りだした東院と呼ばれる敷地にあります。東院は天皇や皇太子の私的な居住地だったと考えられており、社地に隣接して東院の庭園が発掘・復元されています。

当社の近世以前の古称である「揚梅天神」もかつて平城京東院にあったという館「楊梅宮」に因むと言われています。

しかし平城京の敷地内だった当地に当初から鎮座していたとは考えにくく、平城京が廃止されて以降いつの頃か他所から当地へ遷座したことが考えられます。

現在地の北東の地が旧地だったとする説、横井町に鎮座の「穴栗神社」に祀られる伊栗社から遷座したとする説もありますが確証は無く、当社の来歴は不明と言わざるを得ません。本来は「ウナタリ」と呼ばれていた地に鎮座していたはずですが、地名が消失しており詳細不明です。

現在の御祭神は「高御魂尊」「天太玉命」「思兼命」の三柱です。『延喜式』神名帳には三座とは記されていないため、当初は社名から高御魂尊のみが祀られていたことは明らかです。

思兼命は『古事記』にタカミムスヒの子とあり、また天太玉命は『古語拾遺』『代旧事本紀』にタカミムスヒの子とあるため、いずれも高御魂尊に関連する神として祀られたことが考えられます。

天地開闢の際に生まれた造化三神の一柱であるタカミムスヒが祀られた理由は不明としか言いようがありませんが、造化三神の他の二柱と違い、記紀において天若日子の説話や神武東征の高倉下の夢などに登場し、また御子神を生みニニギの外祖父ともなっていることから、皇室にとって重要な神だったことが考えられます。

如何なる事情でこの神が祀られたのかは不明ながら、伊勢神宮や住吉大社と並び新羅の調を奉ったことからも朝廷から重視された神社だったことが窺われます。

そのような神社が時代を経ていつしか平城京の旧敷地内に祀られるようになったのも運命と言えるのかもしれません。

 

境内の様子

境内入口。法華寺町の集落の西の外れ、平城京の東院庭園の北西に立地しています。当社が「西の宮」とも呼ばれているのは集落の西方に鎮座していることによるものでしょう。

入口には鳥居が東向きに建っています。

 

鳥居をくぐり参道を進むと社殿が南向きに建っています。参道が西へ伸びているのに対し社殿は南向きで、参道に沿って建っており、さらに全体が塀で囲われているため非常に手狭な印象を受けます。

手水舎などの設備はありません。

 

拝殿は非常に変わった建物で、桟瓦葺の平入入母屋造ですが、右端に本殿への区画の出入口となる扉が設けられているだけで、他は壁で囲われた何だかよくわからない建物です。

この扉が実質的に拝所となっているのでしょうが、鈴の緒や賽銭箱などが設置されておらず、扉も透過性の乏しいもので、どこから参拝すればいいのか迷うような構造となっています。

 

拝殿後方の塀に囲われた空間の内部に本殿が建っています。檜皮葺の三間社流造で朱が施されたもので、室町時代初期の遺構を残した貴重な建築で国指定重要文化財となっています。

本殿の左右に銅板葺の春日見世棚造の境内社が並んで建っています。当社の境内社に「天鈿女命社」「猿田彦命社」「手力男命社」「大宮媛命社」「豊岩窓命社」が鎮座していますが、いずれの社殿がどの神社なのかはよくわかりません。

 

タマヨリ姫
平城京の敷地内に神社があるんだ!さぞ歴史がありそう!
古く朝廷から重視された神社だったのは間違いなさそうだけど、流石に平城京が廃れてから他所から遷ってきたんじゃないかしら。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板「宇奈多理坐高御魂神社略記」

+ 開く

宇奈多理坐高御魂神社略記

鎮座地

奈良市法華寺町六百番地六〇〇番地

御祭神 三座

高御魂尊(中座)

高天原にましました神で天御中主尊・神産日尊と共に造化の三神として御徳極めて高く鎮魂の神であらせ給う。
高天原に大事ある毎に主長として諸神を率いて事に当たり、常に天照大神を助け、八百万の神を指揮し給うた神。

天太玉命(東座)

高御魂尊の御子、神事を掌り給う神で天岩戸の祈祷のとき、その御前で太玉串を奉持され祭祀を以て天照大神にお仕え遊ばされた神。

思兼命(西座)

高御魂の御子、数多くの思慮を一身に兼ね持ち給うたと言う意で、高天原に大事のあった時必ず畫策して事ならなかったことは無いと言う。

由緒

延喜式内の大社で月次・相嘗・新嘗の幣に預かっていた。

古文書では宇奈足とも菟名足とも菟足とも書いている。武内宿祢の勧請と伝えられ「日本書紀」によると持統天皇六年(西暦六九二)十二月二十四日には、新羅の調を伊勢、住吉、紀伊、大倭、菟名足の五社に奉るとある。

その一社でこの神社の神戸(かんべ)は正倉院文書の天平二年(西暦七三〇)大和税帳新抄格勅符抄に載っているが、何れも神名は菟名足となっている。

江戸時代には楊梅神社と呼ばれたこともあり、今「うなたり社」とか「西の宮さん」とか言っているのは近郷だけでの通俗の略称である。

本殿は室町時代初期の建築遺構を残し、三間社流造檜皮葺で、国指定の重要文化財である。

境内一帯は平城天皇の楊梅宮址とか春日斎宮の斎院址とかの学説もある。

境内社

みな天孫降臨に随従された神々を祀る

天鈿女命社
天岩戸の前で神楽を舞い、天孫降臨に随従された女神
芸能の祖神

猿田彦命社
天孫降臨のとき、先頭に立って八衢の邪神を祓い交通安全に導かれた神。

手力男命社
天岩戸の変の時岩戸を開いて、天照大神を助け申し上げた力の強い神で、天孫降臨に随従された神。

大宮媛命社
太玉命の御子、天照大神に仕え世を平和に導かれた神

豊岩窓命社
天太玉命の子で亦の名を天石門神、御門の神(門戸の守護神・門の神)。天孫降臨のとき天照大神の勅を承り思兼命・手力男命と共に豊葦原に降り給うた神。

 

地図

奈良県奈良市法華寺町

じゃらんで見る

JTBで見る

日本旅行で見る

 

関係する寺社等

穴栗神社 (奈良県奈良市横井)

社号 穴栗神社 読み あなぐり 通称 旧呼称 鎮座地 奈良県奈良市横井1丁目 旧国郡 大和国添上郡古市村 御祭神 高御産霊尊、太玉命、青和弊、白和幣 社格 式内社 例祭 10月9日 式内社 大和國添上 ...

続きを見る

-1.奈良県, 2.大和国
-,

Copyright© 神社巡遊録 , 2020 All Rights Reserved Powered by STINGER.