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長柄神社 (奈良県御所市名柄)

社号 長柄神社
読み ながら
通称 姫の宮 等
旧呼称
鎮座地 奈良県御所市名柄
旧国郡 大和国葛上郡名柄村
御祭神 下照姫命
社格 式内社、旧村社
例祭 10月2日

 

長柄神社の概要

奈良県御所市名柄に鎮座する式内社です。

当社の創建・由緒は詳らかでありません。

『古事記』に葛城氏の祖となる人物である「葛城長江曽都毘古」の名が見え、一説にこの「長江」が後に「長柄(ながえ)」と表記され読みが「ながら」に変わったとも言われています。長江とは葛城山の尾根のことであるともされていますが、やや無理のある付会との印象は否めません。

一方、『日本書紀』神武天皇即位前己未年年二月の条に「臍見長柄丘岬」なる地に猪祝と呼ばれる土蜘蛛(まつろわぬ人々)がいたとあり、これを当地に比定する説があります。(天理市長柄町に比定する説もあり)

また時代が下って『日本書紀』天武天皇九年(680年)九月九日の条に「長柄杜」において騎射を行ったとあり、当社の存在を示したものではありませんがこれを当社にあった森とする説が有力です。

 

当社の御祭神は「下照姫命」です。シタテルヒメはアジスキタカヒコネの同母妹であり、アジスキタカヒコネは当地域を拠点とした地祇系賀茂氏が奉斎した「高鴨神社」(宮前地区に鎮座)の御祭神です。

また他に地祇系賀茂氏の祖であるコトシロヌシの同母妹の「高照姫命」を祀るとする資料もあります。

当社は「姫の宮」とも呼ばれており、古くから女神を祀る神社であると信仰されたようです。

一方、『新撰姓氏録』大和国神別に天乃八重事代主神の後裔である「長柄首」が登載されており、この氏族が当社を奉斎したことが考えられます。

長柄氏は地祇系賀茂氏と同族と思われ、当社も長柄氏・地祇系賀茂氏の祖であるコトシロヌシが本来の御祭神だった可能性があります。

それがいつしか高鴨神社・鴨都波神社の姫宮とされたのか、それとも当初から長柄氏がアジスキタカヒコネかコトシロヌシの妹神の祭祀を任されたのか。当社で女神が祀られるようになった経緯はよくわかりません。

しかしながら当社は正和元年(1312年)の棟札が伝わっており、古くから当地に鎮座し人々に信仰されてきた様子が窺えます。

 

境内の様子

当社境内の西方50mほどの地に当社の社号標や灯籠が建っています。奥に見える森が当社の境内。

南北の名柄街道と東西の水越街道の交差点にあたる交通の要衝で、寺院なども密集しており、ここが名柄集落における中心的な一帯です。

 

当社の境内入口。特に鳥居などが建っているわけでなく、玉垣が途切れているだけのやや物寂しい入口です。

 

入口をくぐって左側(西側)にある小さな手水鉢。導水施設はなく手水には使われていなさそうです。

 

長柄神社

長柄神社

入口をくぐって右側(東側)に社殿および鳥居が南向きに建っています。

拝殿は平入入母屋造の割拝殿で、通路(柵で塞がれており実質的に拝所)のすぐ正面に鳥居が建っています。

 

拝殿前の狛犬。やや古そうな花崗岩製の狛犬です。

 

拝殿内の左側(西側)の部屋に祠が祀られていました。詳細不明。

 

長柄神社 本殿

拝殿後方、瑞垣に囲まれて銅板葺・一間社春日造の本殿が建っています。

この本殿は具体的な造営年代は不明ですが、室町時代中期の十五世紀頃にまで遡ると考えられる貴重な古建築で、奈良県指定有形文化財となっています。

嘉吉元年(1441年)及び長享三年(1489年)の棟札が伝わっており、この頃の造営であろうと推測されています。

一部に新しい補材が入ってるとはいえ県指定レベルとしては異例の古さとも言えるもので、将来的には国重文に昇格する可能性もありそうです。

 

長柄神社 本殿

さらにこの本殿の大きな特徴として、屋根裏に龍や雲の絵が描かれています。

脇障子などに絵が描かれることは珍しくありませんが、このように屋根裏に絵が描かれる例は極めて珍しいものです。

屋根裏のような見えにくいところにわざわざ絵が描かれているのは呪術的なものとも思われ、もし昔からこのようにするのが習わしだったとするならば、当社の祭神の神格は降雨を司る龍蛇の類だったとも考えられるかもしれません。

 

本社本殿の左側(西側)の基壇上には三社の境内社が南向きに並んでいます。

いずれも社名・祭神は不明。社殿はいずれも同規格で銅板葺の春日見世棚造です。

 

境内社の前に配置されている狛犬。こちらは本社前と違い砂岩製の丸っこい狛犬です。

 

境内の西側にこのような桟瓦葺・平入切妻造の建物があります。

案内板に朝原寺から手水屋を移したとあり、恐らくこれがそうなのでしょう。ただし手水鉢は配置されておらず、手水舎として機能していません。

 

境内周辺の様子

当社の社号標のある交差点から少し南へ進んだところに「中村家住宅」があります。江戸時代前期の慶長年間に建立されたと推定される、住宅としてはかなり古い貴重な建築で、国指定重要文化財となっています。

当地における代官の家だったようです。

 

他にも中村家住宅から道を挟んで南側にある「葛城酒造」などをはじめ、周辺には古い家屋が多く残っており古い町並みをよく残しています。

 

タマヨリ姫
おお、本殿の屋根の裏側に龍の絵が!かっこいい!
脇障子に絵が描かれることはよくあるけれど、屋根裏のような見えにくいところに描かれているなんてかなり珍しいわね。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板「長柄神社」

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長柄神社

長柄の地名は長江(ながえ)が長柄(ながえ)になり音読して長柄(ながら)になった。長江はゆるやかく長い葛城山の尾根(丘陵)を意味し、ナガラは急斜面の扇状地に残った古語であるともいわれる。

この神社の祭神は、下照姫命であり、俗称を姫の宮といわれている。

本殿は昭和三十三年三月二十日、奈良県重要文化財に指定された。一間社春日造り、桧皮葺、丹塗の建物である。細部に禅宗様(唐様と称した手法)が見られる優秀な建築である。

ここに棟札が保存されていて、最古のものは、正和元年(一三一二年)鎌倉時代、花園天皇の代に当り、以下十七枚に及んでいる。

建築様式上から正和まで古く見ることは困難であるが、室町中期の頃と推定することができる。軒から屋根に及ぶ材料が新しいのは、後の改修によるものとしても、その他の部分も風蝕が極めて少ないのは、恐らく覆屋で保護されていた為であろうといわれている。

また、手水屋は朝原寺から移したものということである。

平成元年十一月吉日
寄贈 御所ライオンズクラブ

 

地図

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