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皇子神命神社 (奈良県磯城郡田原本町多)

社号皇子神命神社
読みみこかみのみこと / すめみこのかみのみこと
通称
旧呼称若宮 等
鎮座地奈良県磯城郡田原本町多
旧国郡大和国十市郡多村
御祭神皇子神命
社格式内社、旧村社、「多坐彌志理都比古神社」境外摂社
例祭4月20日

 

皇子神命神社の概要

奈良県磯城郡田原本町多に鎮座する式内社です。

当社の創建・由緒は不詳ですが、古くから同じ多地区に鎮座する「多坐彌志理都比古神社」と非常に関係が深く、同社の境外摂社となっています。『延喜式』神名帳の註に「大社皇子神」とあり、これは多社(=多坐彌志理都比古神社)の御子神を祀るものと考えられます。

また同じ多地区に鎮座する「姫皇子命神社」と対になる神社であると考えられます。

 

久安五年(1149年)に「多坐彌志理都比古神社」の禰宜が国司に提出した『多神宮注進状』によれば、当社は「姫皇子命神社」「小杜神社」「屋就神命神社」と共に「多坐彌志理都比古神社」の若宮となっていることが記されています。

同書によれば当社の神は「皇孫日火霊神尊」であり、同書の裏書にはこの神は「瓊瓊杵尊」と同体で、『延喜式』神名帳にいう河内国讃良郡の「津桙神社」と同じであると記しています。

河内国讃良郡の式内社「津桙神社」は現在の大阪府四條畷市岡山に鎮座する「忍陵神社」とされていますが、現在この神社には現在瓊瓊杵尊は祀られていません。

なお、対となる「姫皇子命神社」の神は「天媛日火孁神尊」であり、「天疎向津少女命」と同体であると記されています。一般にアマサカルムカツヒメとは天照大神の荒魂とされていますがここでは和魂である旨が記されています。

しかし何故「多坐彌志理都比古神社」の若宮にニニギとアマテラスの和魂が祀られているのかははっきりしません。

同書によれば「多坐彌志理都比古神社」の祭神は「天忍穂耳尊」と「天疎向津媛命」であるといい、後者に関しては「姫皇子命神社」の祭神と被ってる点が猶更のことよくわかりません。

多氏の奉斎した「多坐彌志理都比古神社」に多氏と無関係のアメノオシホミミとアマサカルムカツヒメ(アマテラスの荒魂)を祀るのは諸説ありますが、皇室の守護神として祀ったものとも考えられ、そしてその御子神を祀ったのが当社とも考えられます。

そうであるならば、当社の対となる「姫皇子命神社」の祭神はアマサカルムカツヒメでなくニニギの母たるタクハタチヂヒメではないかとする説もあります。

 

一方、室町時代の文書『和州五郡神社神名帳大略注解』(通称『五郡神社記』)によれば、「多坐彌志理都比古神社」に祀られる四座の内、右の二坐が「彦皇子神命」「姫皇子命」であり、若宮と称するとあります。

つまり同書によれば当社および「姫皇子命神社」は「多坐彌志理都比古神社」に合祀されていたことになります。

しかし『延喜式』神名帳に「多坐彌志理都比古神社」とは別に記載されていること、また『多神宮注進状』にも同社に合祀されていることは見えないことから、少なくとも別々に祀られていたのが本来の形態だったものと思われます。

現在は当社および「姫皇子命神社」は両社とも「多坐彌志理都比古神社」の境内から離れた地に祀られています。

一度「多坐彌志理都比古神社」に合祀された後に元に戻されたのか、それとも『五郡神社記』の記述が誤りなのか、はっきりしません。

いずれにしてもかなり古くから(或いは創建当初から?)「多坐彌志理都比古神社」と関わりの深い神社であるのは間違いありません。

 

境内の様子

当社は「多坐彌志理都比古神社」の南方200mほどのところにある森に鎮座しています。

当社に鳥居は無く、直接森へ入る形になります。

 

森の入口に配置されている小さな手水鉢。導水設備はありません。

 

皇子神命神社

皇子神命神社

奥へ進むと当社の本殿が東向きに建っています。社殿は銅板葺の春日見世棚造で朱塗りの施されたもの。

当社に拝殿はなく、ただ祠があるだけのほんの小さな神社となっています。

他、社殿前に盛り砂がしつらえてあるのが目を引くところでしょうか。

 

当社の森は特に鬱蒼としたものでなく、古いものではなさそうに見えます。

室町時代の文書『五郡神社記』によれば当時の当社は「多坐彌志理都比古神社」に合祀されていたといい、それと関係あるのかもしれません。

 

タマヨリ姫
すごくちっちゃな神社!でも式内社なんだよね?昔は大きかったりするのかな?
かなり古くから「多坐彌志理都比古神社」の若宮とされてたみたいだから、今ほどではなくてもそれほど大きいところじゃなかったと思うわ。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板「旧 城下郡 延喜式内社 多 皇子神命神社」

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田原本歴史遺産 神々を訪ねて

旧 城下郡 延喜式内社 多 皇子神命神社

旧村社 祭神 皇子神命

多座彌志理都比占神社の摂社で、「大和志」十市郡新廟(※原文ママ)の項に「皇子神命神社 在多社南西今称若宮」と比定され、延長五年(927)成立の延喜式神名帳に記載された古社である。

神名帳十市郡大社の四皇子神の一「多皇子神命神社」とされ、俗に若宮と称す。

「五郡神社記」は本社二座と四皇子神を意富六所神社とし、皇子神命神社は姫皇子命神社と共に本社四殿の内の右殿に祀るとする。

多の歴史

弥生時代前期~古墳時代後期 多遺跡
飛鳥時代 百済系渡来人多く住む(団栗山古墳) 太子道が多集落の西側を通る
奈良時代 下ツ道が多集落の東側を通る
平安時代中期 「和名抄」の十市郡飫富郷比定
〃〃 延喜式神名帳に4社記載
延久二年(1070) 興福寺雑役免帳「太庄四町」
貞和三年(1347) 興福寺段銭段米帳に「多郷九町三反」
江戸時代~明治22年 十市郡多村
明治22年~昭和31年 磯城郡多村

平成21年度 No.8 田観 58 田原本町観光協会

 

地図

奈良県磯城郡田原本町多

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