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姫丸稲荷神社 (奈良県天理市石上町)

社号姫丸稲荷神社
読みひめまるいなり
通称
旧呼称
鎮座地奈良県天理市石上町
旧国郡大和国山辺郡石上村
御祭神宇賀御魂神
社格式内社、石上市神社境外末社
例祭

 

姫丸稲荷神社の概要

奈良県天理市石上町に鎮座する神社です。同町に鎮座する「石上市神社」の境外末社であり、同社の旧地とされています。

当社は「石上市神社」の東方約800mほど、「平尾山」と呼ばれる丘の上に立地しており、第二十四代仁賢天皇の皇居「石上広高宮」は一説に当地であるともされています(嘉幡町であるとの説もある)。

当地の旧地名(小字?)を「宮の屋敷」と称するようで、これは「石上広高宮」の跡を指すとも「石上市神社」の旧地であることを指すとも言われているようです。

なお、当社の東方からは明治年間に二個の銅鐸が出土しており、「石上銅鐸」として知られています。当地では弥生時代から当地で何らかの祭祀が行われたことが考えられるかもしれません。

 

一方、かつて櫟本町にあった在原寺の縁起によれば、光明皇后が天平六年(734年)に興福寺西金堂を建立した際、聖武天皇御縁仏の十一面観音を本尊として平尾山(当地)に「補陀落山観音院本光明寺」を建立し、その後阿保親王がこの観音に祈願して在原業平が生まれたことから、承和二年(835年)に平尾山から麓の櫟本に遷して「補陀落院在原寺」としたと伝えられています。

この在原寺は明治に廃寺となっており、現在は「在原神社」が鎮座しています。

本光明寺が移されて後に当社(石上市神社)が創建されたのか、それとも本光明寺と並立して当社(石上市神社)があったのかは定かではありませんが、当地に古く信仰の拠点があったとする伝承があることは注目すべきでしょう。

 

しかし式内社「石上市神社」はその字義から推して石上の地を通る上ツ道に沿って成立した市場の守護神を祀ったものとも考えられ、もしそうであるならば、道から外れた丘の上に立地していたとするのは不当であるとも考えられます。

『大和志料』の引く『元要記』なる文書によれば「石上市神社」は「石上市神社」が正しいとしており、これを受けて『大和志料』は櫟本の治道天王、即ち現在の櫟本町の「和爾下神社」こそが式内社「石上市神社」であるとしています。

この説は一般に受け入れられていませんが、参考程度に耳を傾けておいても良いかもしれません(詳細は「石上市神社」の記事を参照)。

 

いずれにせよ伝承として現在の「石上市神社」(かつては「天神」「天満宮」「平尾天神宮」などと称した)の旧地であるとされており、その年代は不明ながら江戸時代初め~中頃であるとも言われています(石上市神社の本殿下から貞享三年(1686年)銘の石が出土したという)。

そして稲荷神社が旧地のまま残ったのが当社であるとされており、恐らく石上市神社の境内社だったものと思われます。

現在は夥しい数の鳥居や祠、お塚が境内に並んでおり、ある種壮観な光景となっています。石上市神社が遷座した後も当地に残された稲荷神社への信仰が極めて厚かったことが窺えます。

一般に「お塚」が設けられるようになるのは明治以降であり、或いは当地に近代に巫女のような人物が活躍した可能性も考えられます。

 

当地は古くから信仰の地だったらしいとはいえ、この地にあった寺院も神社も移転し、集落や街道から離れた丘の上であるため忘れられてもおかしくないような地です。

しかしそのような地でありながら信仰の形を大きく変えつつも今日まで信仰の地であり続けているのは評価すべきで、これは稲荷信仰の持つ力と言えるのかもしれません。

 

境内の様子

当社は石上町の東部に伸びる「平尾山」と呼ばれる舌状の丘の上に鎮座しています。

「山」とはいえ非常に低い台地状の丘で、当社までの道も登山道のようなものでなく舗装された緩い坂道となっています。

 

この坂道の途中に当社の一の鳥居が西向きに建っています。

 

そこから竹藪の中を伸びる道を進んでいくと、左側(北側)に朱鳥居の並ぶ当社境内が見えてきます。

境内の傍らには当地が仁賢天皇の皇居「石上広高宮」であるとする説があることに因み「石上廣高宮伝称地」と刻まれた石碑が建っています。

 

境内の入口近くに聳える巨樹の根元には手水鉢が配置されています。

 

境内の入口には二の鳥居となる石造鳥居が南向きに建っています。

 

二の鳥居をくぐると数えきれないほどの朱鳥居が社殿までズラッと並んでおり鳥居のトンネルとなっています。

稲荷神社らしい眩い光景で、まさしく壮観です。

 

鳥居のトンネルを抜けると正面に社殿が南向きに並んでいます。

拝殿は桟瓦葺の平入切妻造。神社に寄付した人物を記した札が壁を埋め尽くすように貼られているのが特徴。

 

拝殿前に配置されている狛狐。砂岩製で、金網に覆われて保護されています。

 

拝殿後方の基壇上、柵に囲われて銅板葺・平入入母屋造に千鳥破風と向拝の付いた本殿が建っています。

本殿は全体的に朱が施されています。

 

本殿前に配置されている狛狐。こちらも砂岩製で金網に覆われて保護されています。

左右でやや造形が異なっており、左側は前脚が長い、首のくびれが無い等の特徴がありどこか犬っぽい印象があります。

 

境内社・お塚等

当社境内には非常に数多くの境内社やお塚があり、これらを一つ一つ取り上げればキリが無いので、目立つものは神名を表記しつつ、他は写真を貼るのみとしておきます。

 

本社拝殿の右側(東側)に南向きに鎮座する境内社。朱鳥居が建ち、基壇上に塀で囲われて祀られるなど、他の境内社と一線を画する祭祀形態ですが、神名を示すものはありません。(扁額には奉納した人物の名前が表記されてある)

社殿は銅板葺の春日見世棚造。

 

本社本殿の右側(東側)に「姫玉大明神」が南向きに鎮座。

社殿は銅板葺の一間社春日造で朱の施されたもの。他の境内社よりも格段に規模が大きく、こちらも一線を画するものとなっています。

 

「姫玉大明神」の右側(東側)に複数の「お塚」が並んでいます。こうした「お塚」は明治以降に広まったもので、独自の神名を付けて祀っているものです。ここでは「姫丸大神」「白龍大神」「豊春大神」「高塚大神」などの神名が刻まれています。

 

そして境内東側に夥しい数の境内社や「お塚」が西向きに並んでいます。これらを一つ一つ取り上げるのはキリが無いため、以下に左側(北側)から順に写真を並べるに留めておきます。

このように祠と石碑(お塚)が入り混じっており、非常に多くの稲荷系の神々が祀られています。

 

本社拝殿の右手前(南西側)には「御神水」があり、切妻造の簡素な小屋の中に井戸があります。山上の高燥な地でありながら井戸がある点はこの地を神秘たらしめている要素と言えるかもしれません。

 

タマヨリ姫
鳥居と祠と石碑がいっぱい!いかにもお稲荷さんって感じだね!
そうね。「石上市神社」の旧地とされてるけれど、今はこうして稲荷信仰の地として親しまれてるみたいね。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板「平尾山案内記」

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平尾山案内記

平尾山稲荷神社の境内を中心として平尾山の大部分は旧地名を「宮の屋敷」といった。日本書紀によると第二十四代仁賢天皇の石上広髙宮や、その御父市辺押磐皇子の石上市辺宮は、この「宮の屋敷」の地にあったと考証されている。更に東方には大塚、うわなり塚など五世紀頃の大きな前方後円墳や何十という古墳が残っている。又明治十六・七年には神社の東方百米の地より二個の銅鐸が出土して、この地域が古代の文化中心地帯であったことを立証した。特に前記仁賢帝の時代は大和朝廷の所在地として、わが國政治・文化の中心だったのである。
これは今から千五百年も昔のことであるが、その後奈良時代から平安時代も平尾山の麓には民家が建ちならび、石上寺・在原寺・六坊寺・薬師堂などの寺院が営まれた。「在原寺縁起」によると 第五十一代平城天皇の皇子 阿保親王は石上の在原の地に住まわれ、承和二年(西暦八三五年)に平尾山にあった補陀落山本光明寺を在原に移して在原寺を創建しその本尊十一面観音を迎えておまつりをしたということである。また親王の子で六歌仙の一人とうたわれた在原業平朝臣は、この石上で産まれ平尾の神の氏子として幼名を平尾丸と名付けられた。
「宮の屋敷」というのは石上広髙宮の屋敷という意味であったかもしれないが、後には宮址に祀られた平尾のお宮の屋敷と考えられて来た。第六十一代醍醐天皇の時に編述された延喜式に記されている石上市神社はこのお宮のことである。この神社は江戸時代の中頃に石上村の鎮守として現在の石上の民家付近に移されたが、稲荷神社はこの旧地のお宮にお残りになった。これが正一位平尾姫丸稲荷大明神で宇賀御魂の神を祀る。この稲荷神社は、昔から石上村に限らず遠近の人々から篤く信仰され五穀豊穣、家内安全、商賣繁昌を祈願する人々、平尾丸の在原業平のように賢い子供をという親心から信心する人々など跡を絶たず、特に初午の早春のころ参詣者で一山を埋めるにぎわいを呈する。

上代天皇系図

(略)

昭和四十年三月

撰文 仲川明

 

地図

奈良県天理市石上町

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