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穴栗神社 (奈良県奈良市横井)

社号 穴栗神社
読み あなぐり
通称
旧呼称
鎮座地 奈良県奈良市横井1丁目
旧国郡 大和国添上郡古市村
御祭神 高御産霊尊、太玉命、青和弊、白和幣
社格 式内社
例祭 10月9日

 

穴栗神社の概要

奈良県奈良市横井1丁目に鎮座する神社で、式内社「穴吹神社」は当社に比定されています。

当社の創建・由緒は詳らかでありませんが、『日本書紀』景行天皇五十五年二月五日の条に記される崇神天皇の孫である彦狭島王が亡くなった地「春日穴咋邑」は当地であると言われています。

当社の社名は歴史的に「穴吹」「穴次」「穴咋」「穴栗」などと表記され、いずれが本来の字であるかは不明です。『大和志料』は「穴咋」が本字であり、「穴吹」「穴次」は書体が似ているから誤ったもので、「穴栗」はアナクヒが転訛したものであろうと推測しています。

当社は珍しいことに、一つの神社でありながら「穴栗社」「伊栗社」「青榊社」「辛榊社」の四社を併せたものとしており、それぞれ「高御産霊尊」「太玉命」「青和幣(あおにぎて)」「白和幣(しろにぎて)」を祀っています。

これらの四社は「春日大社」の幣殿・舞殿の東側に末社として鎮座する神社で、この内の穴栗神社と伊栗神社は当社から勧請したものであると春日若宮神社の記録(春日若宮神主・中臣祐房の註進状)に残っています。青榊社と辛榊社については不明ですが、同様に当社から勧請したか、逆に春日大社から当社に勧請したのかもしれません。

ただ『延喜式』神名帳には四座とは記されておらず、本来は一柱のみを祀る神社だったと思われます。

先述の通り穴栗社には高御産霊尊が、伊栗社には太玉命が祀られているものの、先述の春日若宮神社の記録にはどういうわけか伊栗社は宇奈太理坐高御魂神であると記されています。

これに伴って現在の宇奈多理坐高御魂神社は当社から遷座したとする説もありますが、もしこれが正しいのなら伊栗社の御祭神が高御産霊尊となるはずです。穴栗社と伊栗社の御祭神が入れ替わったのかもしれません。

ただ伊栗社を宇奈太理坐高御魂神とするのは他に資料が無いため詳細は不明です。

また、青榊社・辛榊社の御祭神である青和幣・白和幣とは『古事記』の天岩戸の段で登場する幣帛で、これを太玉命が捧げ持つことで天照大神が天岩戸に閉じこもった事件の解決に臨んでいます。

青和幣・白和幣は厳密には神ではなく神具・呪具の類ですが、霊剣・韴霊に宿る神を布都御魂大神として石上神宮で祀っているように、幣帛に宿る神を祀っているかもしれません。

『古語拾遺』『先代旧事本紀』では太玉命はタカミムスヒの子としており、そうなれば当社は太玉命に関係する神と幣帛が祀られていることになります。

ただ、太玉命は忌部氏の祖神とされているものの、当地と忌部氏との関係を示すものは無く、どういった経緯でこのように祀られているのかはよくわかりません。

当社は元々は横井村の北西に鎮座していたものの、江戸時代初めの寛文年間に現在地に遷座し、古市村に所在していながらも横井村の氏神としたと伝えられています。

現在の住所は横井1丁目となっており、古市町に楔を打ったように突き出ています。横井地区の氏神であることを鑑みて住所が変更されたのでしょうか。

不明な部分が多い神社ですが、春日大社の末社としても勧請される神社であり、古くから神威ある神社として信仰されたことでしょう。

 

境内の様子

穴栗神社

境内入口。東向きの鳥居が建ち参道が奥の社叢へ続いています。入口には鎖が掛けられており参拝するにはこれを跨がなければなりません。

 

参道を進みます。社叢は非常に鬱蒼としており、参道はその中へトンネル状に続いています。

 

穴栗神社

社叢に入ると桟瓦葺・平入切妻造の小さな神門が東向きに建っています。

神門の形式は棟門で、補強の為に両部鳥居のように前後に小さな柱が設けられています。

 

神門をくぐると右側(北側)に井戸と手水鉢があります。井戸は完全に涸れてしまっています。

井筒と手水鉢はともに貞享二年(1685年)に奉納されたもので、「穴栗社」と刻まれています。

 

穴栗神社

穴栗神社

さらに参道を進むと社殿が南向きに建ち並んでいます。参道は西に伸びているのに対し社殿は南向きのため、神門からまっすぐ進むと拝殿の側面に突き当たります。

拝殿は桟瓦葺・平入切妻造の割拝殿。通路には柵が設けられているので奥の空間へ立ち入ることはできません。

 

穴栗神社

拝殿後方の基壇上には正面に鳥居が建ち、周囲に瑞垣が廻らされ、中心に本殿が建っています。

本殿は銅板葺で、四棟の一間社流造が横並びに連結した珍しいもの。それぞれの社殿の屋根に千鳥破風が設けられていることも特徴。

四棟の社殿は左から順に次のようになっています。

  • 伊栗社(御祭神「太玉命」)
  • 穴栗社(御祭神「高御産霊尊」)
  • 青榊社(御祭神「青和幣」)
  • 辛榊社(御祭神「白和幣」)

 

本殿前に配置されている狛犬。花崗岩製で古めかしさの感じられるもの。

 

拝殿の左側(西側)に建つ境内社。東向きで朱鳥居が建ち、社殿は銅板葺の春日見世棚造。社名・祭神は不明。

何故か参拝時はスーパーのカートが放置されていました。

 

拝殿の右側(東側)に建つ境内社。南向きで、社殿は銅板葺の春日見世棚造。社名・祭神は不明。

 

境内入口の参道左側(南側)に建つ境内社。北向きで、社殿は銅板葺の春日見世棚造。社名・祭神は不明。

このように当社には三社の境内社が鎮座していますが、社名・祭神を示すものがありません。手持ちの資料には境内に春日・稲荷・神武天皇の三社が鎮座するとあるため、それぞれそのいずれかになると思われます。

 

当社は西側にも出入口があり、その脇には「穴栗四社大明神」と刻まれた社号標が建っています。これは元禄四年(1691年)に建てられたもので、江戸時代以前の社号標は非常に珍しいものです。

 

当社の遠景。近くに新興住宅地はあるものの古くからの集落からは離れた地で、田圃の中でこんもりとした森になっている神社であることがわかります。

 

タマヨリ姫
四つの本殿が繋がってるの?何だか珍しい形だね!
この神社は「穴栗社」「伊栗社」「青榊社」「辛榊社」の四つの神社を併せて一つの神社として祀ってるのよ。本殿の形式もそれを反映していると思うわ。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板「穴栗神社(伊久理の杜)」

+ 開く

穴栗神社(伊久理の杜)

奈良市横井一丁目六七七番地

御祭神

伊栗社(太玉命)
穴栗社(高御産霊尊)
青榊社(青和幣)
辛榊社(白和幣)

この神社の鎮座する地は、古く「日本書紀」景行天皇(第十二代)の条に「春日穴咋邑」と出ているところです。神社の名を穴吹・穴次と書くものもありますが、春日大社の記録によると、平安時代に、この地から穴栗・井栗の神が春日大社に勧請(分霊)されたと書かれています。境内にある元禄四(一六九一)年建立の社号標石にも「穴栗四社大明神」とあり、穴栗は古くからの呼び名です。

現在、穴栗神社は、横井東町の氏子がお祀りしています。

「萬葉集」に

妹が家に 伊久里の杜の 藤の花 今来む春も 常かくし見む -高安王-(巻一七-三九五二)

と詠まれている「伊久里の杜」は、井栗の神を祀っていた、この地です。

歌は、天平十八(七四六)年八月七日に、越中守大伴家持の舘での宴の場で、玄勝というお坊さんが伝誦したものです。作者の高安 王(大原高安)は、天武天皇の皇子長親王の孫にあたり、奈良の都の人です。

「恋しい人の家に通っていく伊久里の杜に咲く藤の花よ、まためぐってくる春にも、いつもこのように眺めていたいものだ」と詠んでいる作者は、藤の花の咲くころ、このあたりを通って、恋しい人のもとを訪ねたのでしょう。

境内の萬葉歌碑は、平成十年五月に、平城萬葉教室と横井東町自治会の協力によって建立されました。

「伊久里の杜」萬葉歌碑建立実行委員会

 

地図

奈良県奈良市横井1丁目

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