社号 | 味坂比賣命神社 |
読み | みさかひめのみこと |
通称 | |
旧呼称 | 白山神社 等 |
鎮座地 | 奈良県宇陀市榛原荷阪 |
旧国郡 | 大和国宇陀郡荷阪村 |
御祭神 | 味坂比売命 |
社格 | 式内社 |
例祭 | 8月30日 |
味坂比賣命神社の概要
奈良県宇陀市榛原荷阪に鎮座する式内社です。
当社の創建・由緒は詳らかでありません。
大同三年(808年)に成立した日本最古の医学書とされる『大同類聚方』には神祇官西院が伝える薬として「宇多之味坂薬」を所載しており、これは元々当社、或いは当地で伝えられていた薬であったと考えられています。
それによれば、この「宇多之味坂薬」は咳が出る、蟲を吐くといった症状がある者に用いるもので、味豆卒を五分、ウルシクサを五分、カタバミを三分、ニガタケを三分、サホトリクサを三分配合して製したことが記されています。
一方、現在は当地において特筆すべき薬の製法などは伝わっていないようです。
社名からして「味坂比売命」なる神を祀ることは明らかですが、記紀などの史料に登場しない神であり、その神格は不明です。
「宇多之味坂薬」に関する薬の神だったのか、或いは播磨国美袋郡の式内社「御坂神社」(論社は多数あり)と関係するのかもしれません。
江戸時代には当社は「白山神社」と呼ばれていました。恐らく江戸時代以降に当地の地名「荷阪(にざか)」が「味坂」に通じることから式内社に比定されたものでしょう。
境内の様子
当社は非常にわかりにくい場所に立地しています。
入口もわかりにくく、荷阪地区の集落近くの道路から分岐するように草の生えた獣道のような道があり、これが当社への入口となります。
鳥居や灯籠、社号標といった神社の参道であることを示すものは一切無いため、注意していないと見落とすことになります。
下にGoogleストリートビューも貼り付けておくので参考にしてください。
この先ほんとに神社があるのかと疑いたくなるような鬱蒼とした森の中を抜けていきます。
この道も鳥居や灯籠などは一切ありません。ただ、ネット上の情報によればかつては鳥居が建っていたようです。
道を進んでいくと最奥部に当社の社殿が見えてきます。
当社に鳥居や拝殿はなく、石垣の上に拝所(中門)と瑞垣が設けられ、その奥に銅板葺・一間社春日造の本殿が建っているのみです。
社殿は西向きに建っており、本殿の上に設けられている千木は内削ぎとなっています。
その他、この空間にある建物はこの薪置場となっている朽ちかけた切妻造の建築くらいです。
下に手水鉢らしき石があることから本来は手水舎だったのでしょう。
当社の周辺、荷阪の集落。集落と言っても数件の家があるのみで、周囲の集落からも孤立したような山間の地です。
このような寂れた地で式内社があり、「宇多之味坂薬」なる薬が伝えられていたのも不思議なように感じられます。
地図