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山直神社 (大阪府岸和田市内畑町)

社号山直神社
読みやまだい
通称
旧呼称
鎮座地大阪府岸和田市内畑町
旧国郡和泉国和泉郡内畑村
御祭神天照皇大神、天穂日命、速須佐之男命、彦曽乃世呂命、事勝国勝長狭神、佐依比賣命
社格式内社、旧村社
例祭2月8日、10月9日

 

山直神社の概要

大阪府岸和田市内畑町に鎮座する式内社です。

当社の創建・由緒は詳らかでありませんが、当地に居住した「山氏」が祖神を祀ったと考えられています。

『新撰姓氏録』和泉国神別に天穂日命の十七世、日古曽乃己呂命の後裔であるという「山直」が登載されており、この氏族が祖神を祀ったものと思われます。

一方、社伝によれば文武天皇の御代に役小角が社殿を造営し、聖武天皇の御代に行基が堂舎を造営したとも伝えられています。

当社には「朝日山長光寺」と称する神宮寺がありましたが、明治年間の神仏分離により当社と分かれています。

当社の本殿は文禄三年(1594年)に再建、慶長六年に(1601年)に屋根の葺き替え修理を行ったと伝えられ、桃山期の特徴を残す貴重な建築で大阪府指定有形文化財となっています。その他石造狛犬や三対の灯籠も大阪府指定有形文化財です。

 

当社には牛頭天王を祀っていたという式内社「波多神社」を合祀していると伝えられていますが詳細は不明です。

現在「波多神社」を名乗る神社は現在も当初の地に鎮座しており、また当社との距離も遠く当社に合祀されたとは考えにくいです。

江戸時代中期の地誌『和泉名所図会』には波多神社は「内畑村にあり」とあり、当地付近に鎮座していた他の論社があったのでしょうか。その場合、地名の「内畑」を「波多」に関するものとして比定したのかもしれません。

 

境内の様子

境内入口。鬱蒼とした崖に石段が伸び、この上に神社が鎮座しています。

 

石段途中の左側(西側)に手水舎があります。

 

山直神社

石段上に両部鳥居が南向きに建っており、ここをくぐると社殿等の建つ広い空間があります。

 

山直神社

社殿はやや小高い壇の上に南向きに並んでいます。

拝殿は桟瓦葺の平入入母屋造に入母屋造の向拝が付いた割拝殿です。ただし柵が設けられているので中央の通路を通り抜けることはできません。

 

山直神社 本殿

拝殿後方、拝所と瑞垣の奥に建つ本殿は檜皮葺の一間社流造に千鳥破風と唐破風の付いたもので、僅かに彩色の跡が残っています。

文禄三年(1594年)に再建、慶長六年に(1601年)に屋根の葺き替え修理を行ったと伝えられる貴重な建築で、大阪府指定有形文化財となっています。

保存状態も良好で、国重文に昇格しても良さそうな物件です。

 

本殿を囲う瑞垣の前に狛犬が配置されています。花崗岩製。

 

本社社殿の左側(西側)に樹木に埋もれるように五社の境内社が横並びで南向きに鎮座しています。

 

これらの境内社は右側(東側)から順に「天照大皇神社」「菅原神社」「淡島神社」「稲荷神社」「春日神社」。

社殿はいずれも妻入切妻造に庇の付いた春日造に似た形式。

 

境内の左側(西側)に池があり、その池の畔に建つ鳥居の奥、池に付き出した半島状のところに「厳島神社」が東向きに鎮座。

社殿は銅板葺の流見世棚造。

 

厳島神社の南側、鳥居のすぐ側に玉垣に囲われて「塞神社」が東向きに鎮座。

社殿は銅板葺の一間社流造。

 

厳島神社や塞神社のさらに左側(西側)に自動車が直接境内敷地に進入できる道路があり、それに沿った崖の上に四社の境内社が南向きに鎮座しています。

 

四社の内、右側(東側)の「八王子神社」はやや離れて建っています。

 

残りの三社は石垣の上に並んで鎮座しており、右側(東側)から順に「天照皇大神社」「熊野神社」「真野神社」となっています。

これら社殿はいずれも妻入切妻造に庇の付いた春日造に似た形式。

 

八王子神社の側に小さいながらも注連縄の掛けられた石があり、とても気になる存在です。磐座でしょうか。

 

社殿の向かいに建つ建物は社務所でしょうか。神社の規模に比べて異様に大きな建築です。

 

当社の石段下から内畑の集落を眺めた様子。見ての通り和泉山脈の谷にある山間の集落となっており、大阪平野とは異なる緑豊かな地となっています。

 

タマヨリ姫
結構山の中であんまり大阪らしくない感じだね。
これでもまだまだ序の口よ。ここからずっと山奥にも集落が続いてて牛滝山にまで通じてるのよ。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板

山直神社

 

地図

大阪府岸和田市内畑町

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