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水門吹上神社 (和歌山県和歌山市小野町)

社号水門吹上神社
読みみなとふきあげ
通称湊本えびす 等
旧呼称聞名大明神、湊大明神 等
鎮座地和歌山県和歌山市小野町2丁目
旧国郡紀伊国海部郡小野町
御祭神御子蛭児神、大己貴神
社格式内論社
例祭9月18日

 

水門吹上神社の概要

和歌山県和歌山市小野町2丁目に鎮座する神社です。

当社は中世末に「吹上社」と「恵比須社」が合祀して成立した神社です。

江戸時代後期の地誌『紀伊続風土記』によれば、古くは両社は相殿として祀っていたものの当時は社殿が分かれていたといい、現在は一つの本殿となっているので再び相殿として祀っているようです。

 

吹上社

式内社「伊達神社」を「吹上社」に比定する説があり、これは江戸時代後期の地誌『紀伊国名所図会』や明治三年(1870年)に完成した『神社覈録』などが支持する見解です。

応永年間(1394年~1428年)の棟札に「伊達社」と記されているといい、これが強力な論拠となったようで、紀州藩も式内社「伊達神社」を当社と認めていました。

また慶長年間(1596年~1615年)の棟札に当社の由緒が記されているといい、それによれば元は現在の鳴神地区(現在地の東方約4km)に鎮座していたものの、いつの頃か現在地に遷ってきたとしています。

 

一方で『紀伊続風土記』は当社を式内社とする説を否定し、当社は元は現在の植松丁(現在地の南西約600m)の南大松の下に鎮座していたのを天正年間(1573年~1592年)に現在地に遷し「恵比須社」と合祀したとしています。

また永久四年(1116年)に成立した『朝野群載』に見える「紀伊国大野社」は当社であり、さらに平安中期に成立した物語集『宇津保物語』にも登場する(四巻に見える「吹上の宮」か?)とし、遷座はあったものの古くから当地付近に鎮座していたと論じています。

そして上記の当社を式内社とする説は寛保年間(1741年~1744年)に社家が突然に主張し出したもので、その内容も無理があるとして斥けています。

 

江戸時代中期以降は式内社「伊達神社」を当社に比定する説が広く認められていたものの、現在は式内社「伊達神社」は一般に園部地区に鎮座する「伊達神社」とされており、対する当社は特に式内社であるとは主張していないようです。

 

恵比須社

「恵比須社」の創建・由緒について、社伝によれば、蛭子神の像が海中より逆流してこの地に留まったので祀ったといい、天正の兵乱により記録を失ったものの、「或伝」としてその年代は大永三年(1523年)であるとしています。

また別伝として、この神は古くは「和田浦雨ノ島」なる地(詳細不明。和田地区にある丘か?)にあったのを明応年間(1492年~1501年)に高波を受けて村民は社殿や仏堂と共に湊村に移り、その神もこの地へ遷ったとも言われています。

いずれにしても当地には「恵比須社」が先に鎮座しており、後に「吹上社」が遷って来て合祀したようです。

 

水門吹上神社

以上見てきたように、当社の神がこの地で祀られたのはそう古いことではないようです。

しかし当地の地名「小野町」は一説に元は「男之町」で、記紀の神武東征において神武天皇の兄「彦五瀬命」が傷を負って雄叫びを挙げて亡くなったという「男之水門」を当地とする説もあります。(詳細は「竈山神社」(和田地区に鎮座)の記事を参照。)

上記のように「恵比須社」の伝承の一つとして村人が和田浦から遷ってきたともされており、「男之水門」と和田地区の「竈山神社」(彦五瀬命を祀る)との関係を見ても当地と和田地区は古くから縁があるのかもしれません。

 

現在の御祭神は「御子蛭児神」「大己貴神」の二柱となっています。「吹上社」が式内社とされた時代には「五十猛命」を祀っていたものの現在は祀っていないようです。

現在では和歌山におけるエビス神の神社として篤く信仰されており、和歌山県内のエビス系神社の十日戎で頒布される縁起物「のし飴」は当社の発祥であると言われています。

また毎年11月23日の新嘗祭に神饌として奉納され、神事の後に投げ配られる「のし餅」は畳一枚ほどもある巨大なもので、「牛の舌餅」とも呼ばれており当社の名物ともなっています。

 

境内の様子

水門吹上神社

当社は南海和歌山市駅の南方500mほどの宅地に鎮座しています。

境内入口は境内の南側と西側、北側の三カ所があり、南側と西側に鳥居が建っています。

当記事では南側入口から紹介します。こちらには鳥居が南向きに建っています。

 

鳥居をくぐってすぐ左側(西側)に手水舎が建っています。

 

水門吹上神社

水門吹上神社

当社境内は樹木に乏しく広場のような空間となっており、この境内の中央に堂々と社殿が南向きに並んでいます。

拝殿はRC造で、銅板葺の平入入母屋造。

 

拝殿前に配置されている狛犬。花崗岩製です。

 

拝殿後方に建つ本殿は銅板葺の流造。幣殿によって拝殿と接続しており、権現造の形式となっています。

 

本社本殿の左側(西側)に「笠森稲荷神社」が南向きに鎮座。

朱鳥居が建ち、銅板葺の一間社春日造の社殿が建っています。

 

タマヨリ姫
昔はこの神社は式内社として知られていたんだ!
そのような棟札があるとされているわ。でも今は式内社であるとは特に主張していないみたいね。
トヨタマ姫

 

地図

和歌山県和歌山市小野町2丁目

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