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紀州東照宮 (和歌山県和歌山市和歌浦西)

社号紀州東照宮
読みきしゅうとうしょうぐう
通称
旧呼称
鎮座地和歌山県和歌山市和歌浦西2丁目
旧国郡紀伊国海部郡和歌村
御祭神徳川家康公、徳川頼宣公
社格旧県社
例祭

 

紀州東照宮の概要

和歌山県和歌山市和歌浦西2丁目に鎮座する神社です。

当社は元和七年(1621年)に初代紀州藩主である徳川頼宣により「徳川家康公」を祀る廟として創建されました。

徳川頼宣は徳川家康の十男であり、元和五年(1619年)に55万5千石の紀州藩に入部し、紀州徳川家の家祖となりました。

これ以降、水戸・尾張と共に徳川を名乗る「御三家」の一つとして紀州徳川家は幕末まで続くこととなります。

 

徳川家康は死去の直前に自身を祀るよう遺言したといい、それに従い元和二年(1616年)に「東照社」(現在の「久能山東照宮」 / 静岡市駿河区根古屋に鎮座)を創建、翌元和三年(1617年)に「東照大権現」の神号と正一位の位階を賜り、日光に「日光東照宮」が創建されました。

その後、徳川御三家はもちろんのこと、親藩・譜代大名、さらには外様大名でもこの徳川家康を神格化した東照大権現を勧請する動きが盛んになります。

徳川将軍家の威厳および統治の正統性を担保するために幕府が各地に東照宮を祀ることを奨励した側面もあったようです。

こうした中で徳川御三家である紀州藩ではかなり早い段階でこの東照宮が創建されたことになります。

現在の社殿は創建当初のものが残っており、豪華絢爛な本殿、石の間、拝殿、唐門、瑞垣、楼門、廻廊が国指定重要文化財となっています。

その他徳川家康が頼宣に与えたという南蛮胴具足はじめ非常に多数の神宝が伝わっており、多くが国指定重要文化財和歌山県指定文化財となっています。

 

当社の例祭である「和歌祭」は創建翌年の元和八年(1622年)に始まった豪奢な祭で、かつては紀伊国はもちろん他国からも見物人が訪れたと言われています。

また当社の鎮座する和歌浦は風光明媚な地であり『万葉集』等にも詠まれた歌枕として古くから広く知られ、「和歌浦天満宮」「玉津島神社」といった名所も所在することから多くの人で賑わったようです。

この和歌浦は近代以降も都市近郊の行楽地として大規模に開発され大いに賑わったものの、60年代には早くも衰退しバブル期ですらも殆ど投資がなされず大きく寂れてしまいました。

しかし上記のように当地が風光明媚な歌枕の地で、多くの名所もあることは確かであり、近年その価値が見直され再び盛り返しつつある兆しも見え始めています。

今はまだ「隠れた名所」といった位置付けではあるものの、歴史ある当地に再び脚光を浴びる日が来ることを願うばかりです。

 

境内の様子

当社は風光明媚な和歌浦にある天神山の南東中腹に鎮座しています。

御手洗池公園の北東側に隣接して一の鳥居が南東向きに建ち、その奥は当社の駐車場となっています。

 

紀州東照宮

一の鳥居をくぐって駐車場を進むと奥に二の鳥居(※参拝時)が南向きに建ち、ここが境内入口となっています。

なお2022年現在は一の鳥居とこの鳥居の間にもう一基鳥居が建っており、この鳥居は三の鳥居となっています。

 

二の鳥居(現在は三の鳥居)をくぐった様子。非常に鬱蒼とした森の中を参道が続いています。

 

参道は結晶片岩を用いた石畳となっています。

結晶片岩は中央構造線の外帯に接する三波川変成帯に多く分布しており、和歌山県下では概ね紀ノ川の左岸側でよく見かけるものです。

当地の地質をよく表したものと言えます。

 

参道は一直線でなく、途中で升形状に折れています。武士らしく城郭の構造に倣ったのかもしれません。

 

さらに参道を進むと正面奥の急斜面に長い石段が伸びています。

この石段は108段あり、石段下には賽銭箱が設置され足腰の弱い参拝客でも遥拝できるようになっています。

 

石段上には三間一戸の本瓦葺・平入入母屋造の楼門が南向きに建っています。

朱をはじめとした極彩色が施されており、創建当初の貴重な建築で国指定重要文化財となっています。

 

楼門をくぐって社殿側から見た様子。

左右には廻廊が伸びており、こちらも国指定重要文化財

 

楼門をくぐって右側(東側)に手水舎があります。

 

紀州東照宮

紀州東照宮

楼門をくぐった先は平らな広場となっており、その正面奥に社殿が南向きに並んでいます。

基壇上に瑞垣を廻らし、中央の石段上には中門にあたる檜皮葺の唐門が設けられています。

瑞垣の内側には拝殿、石の間、本殿の三棟が南北に並んでいます。

外観から唐門のすぐ奥に見える建物は拝殿で、檜皮葺の平入入母屋造。

外観からは見えないものの、拝殿の奥に石の間、本殿と続いています。

本殿は檜皮葺の三間社入母屋造で、石の間で拝殿と接続しており権現造の形式となっています。

これら社殿は漆や極彩色を施し、さらに左甚五郎の作と伝える緻密な彫刻も配された極めて絢爛豪華なものとなっており、300円の拝観料を納めることで社殿を拝観することが可能です。

これら本殿、石の間、拝殿、唐門、瑞垣は創建当初の貴重なもので国指定重要文化財

 

本社社殿の手前右側(東側)には神輿舎が西向きに建っています。

本瓦葺の平入入母屋造の妻入入母屋造の向拝の付いたもので、ここに神輿が納められているようです。当社の例祭「和歌祭」で行われる神輿渡御はこの神輿を用いるのでしょう。

 

道を戻ります。

楼門前の石段上からは森の向こうに和歌浦の風光明媚な光景を眺めることができます。

楼門を額縁として眺めるのもまた美しいものです。

 

石段下の右側(東側)に「弁財天社」が西向きに鎮座。御祭神は「市杵島比売神」。

石段を下りた先に二基の鳥居が建ち、その奥に銅板葺の平入入母屋造に妻入入母屋造の向拝と、それとは別に庇の付いた変わった形式の社殿(覆屋?)が建っています。

紀州東照宮創建の元和七年(1621年)に鎮座地の天神山の守護神として祀られたようです。

石碑

弁財天社

 

さらに少し戻り、参道途中の左側(西側)に「稲荷大明神」が鎮座。

参道沿いに東向きに朱鳥居が建ち、その奥の空間に朱鳥居および覆屋が南向きに建っています。覆屋には銅板葺の流見世棚造の社殿が納められています。

 

稲荷大明神の周囲には「吉光大神」「日之出大神」などと刻まれた「お塚」が祀られています。

 

タマヨリ姫
むっちゃ豪華な社殿!流石は徳川御三家だね!
徳川家の威信がかかってるから、そのお祭りもとても豪華に催されたみたいね。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板

東照宮由緒

 

地図

和歌山県和歌山市和歌浦西2丁目

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