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名次神社 (兵庫県西宮市名次町)

社号 名次神社
読み なつぎ
通称
旧呼称
鎮座地 兵庫県西宮市名次町
旧国郡 摂津国武庫郡広田村(?)
御祭神 名次大神
社格 式内社、廣田神社境外摂社
例祭 10月11日

 

名次神社の概要

兵庫県西宮市名次町に鎮座する式内社です。古くから廣田神社と関係があり、元は同社の末社でしたが明治十一年(1878年)に摂社に格上げされました。

当社の創建・由緒は詳らかでありません。社伝では当社の御祭神「名次大神」とは水分神だとしています。

『延喜式』臨時祭に祈雨神祭八十五座の一座として当社が記載されており、また『三代実録』貞観元年九月の条などにも当社に奉幣し雨乞いしたことが見えます。当社の祭神が水分神とされているのもこれと関係があると思われます。

ただ、『延喜式』臨時祭では大社とあるのに神名帳では当社でなく次の伊和志豆神社に大社と記されています。これは神名帳の誤記で伊和志豆神社でなく当社が大社であるとする説があります。

このように古くは有力な神社だったことが窺え、中世以降に廣田神社が神祇伯白川家と関係を強く持っていた際、祓を修した六社の一社としてしばしば当社に参拝したことが記録に見えます。

 

当社の鎮座地である名次山は夙川の左岸側(東側)にある丘陵地で、今は南郷山とも呼ばれています。非常に古くから知られた景勝地で、『万葉集』にも次の歌が詠まれています。

『万葉集』

吾妹子に 猪名野は見せつ 名次山 角の松原 いつか示さむ

(訳:愛しい妻に猪名野を見せることができた。名次山や角の松原もいつか見せたいものだ。)

猪名野(伊丹市付近)や角の松原(武庫川河口一帯の松原)と共に当地が愛しい人に見せたいほど優れた景色だったことがわかります。

ただ、当社はかつて名次山の中央(詳細な場所は不明。恐らく現在地の南方)に鎮座していたと言われ、明治四十一年(1908年)に現在地に遷座しています。

遷座の理由ははっきりしていません。また、名次山(南郷山)は現在削平され、高級住宅地として開発されており、名勝だったことを偲ぶことも難しくなっています。

ただ当地付近の丘陵地は弥生時代の遺跡が多数検出されており、古くから人々に神聖視された山だったことが窺えます。万葉集にも詠まれるほどなので、神々の坐すべき神聖な地として多くの人に印象付けられていたのでしょう。

 

境内の様子

境内は名次町の丘陵、南郷山の北端に立地しており、境内入口は東西それぞれにあります。西側の入口に鳥居が建っているのでこちらから入ります。

西側入口は丘の上の社地へ続く石段となっており、その上に西向きの鳥居が建っています。

 

鳥居をくぐって左側(北側)に手水舎があります。

 

手水舎の先に社殿が南向きに建っています。

拝殿は銅板葺の妻入切妻造で壁と床の無い開放的な構造。比較的新しい建築です。

 

本殿は銅板葺の一間社流造。

 

本殿の傍らに石造の祠が建っています。なだらかな曲線の唐破風屋根が特徴的。

当社の旧本殿は正徳五年(1715年)に再建された石造のものだったと言われており、確証はありませんがこちらがその旧本殿なのかもしれません。

 

本社社殿の右側(東側)に境内社が鎮座しています。社名・祭神は不明ですが稲荷社であるとの情報があります。

 

境内の南側には「名勝名次山」と刻まれた石碑が建っています。残念ながら名次山(南郷山)は宅地化されており、名勝としての趣を感じることはできません。

 

翻ってこちらは東側の入口。やはり石段が続いています。

手前に広がる池は「ニテコ池」と呼ばれています。室町時代に西宮神社の練塀を作る際にここで土が採取され、その際の掛け声「練って来い」が「ニテコ」に転訛したとの伝承があります。

ニテコ池は小説及びアニメ映画『火垂るの墓』の舞台ともなっていることでも有名です。

 

タマヨリ姫
ここが万葉集にも詠まれた名所なの?なんか思ってたより地味な感じ。
元々は南側に山があって、そこが良い景色だったんじゃないかしら。今は住宅地として開発されているけれど。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板「廣田神社 摂社 名次神社」

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廣田神社 摂社 名次神社

御祭神

名次大神

御由緒

古来より衣食住に殊の他関係深い水分神を奉齋すると特に雨乞に霊験あらたかなる社であります 御創立の年代は詳かではありませんが、第五十六代清和天皇貞観元年正月正五位下の神階を授けられ、同年九月八日風雨御祈りのため、勅使を参向せられ、幣帛を奉られています。

第六十代醍醐天皇の延喜の制大社に列せら(※原文ママ)、月次、新嘗及び祈雨の幣帛を奉られております 旧本殿は石造りで中御門天皇正徳五年正月再建、又石鳥居は元録(※原文ママ)五年の建立であります 名次山はわが国最古の歌集萬葉集巻三に「吾妹子に猪名野は見せつ名次山角の松原いつか示さむ」高市連黒人によって詠まれ、すでに一千二百年の昔より、名勝地として名高く現名次町は古昔の名次山であり明治末期まで当神社の境内地でありました かつて当神社は名次山中央の景勝地に鎮座されていましたが、明治四十一年五月その北端の現位置に移転されました。

祭事日

六月十五日 夏祭
十月十一日 例祭
十月十七日 秋祭

『摂津名所図会』

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名次神社

広田の西名継丘にあり。延喜式云 鍬靱。三代実録曰 貞観元年正月授正五位下。

名次岳

山脈武庫山より続く。文徳実録曰 門部連名継等と云々。

『万葉』吾妹児にいな野はみせつ名次山角の松原いつかしめさん 高市連無人

 

地図

兵庫県西宮市名次町

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