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大津神社 (大阪府泉大津市若宮町)

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社号 大津神社
読み おおつ
通称
旧呼称 若宮八幡 等
鎮座地 大阪府泉大津市若宮町
旧国郡 和泉国和泉郡下条大津村
御祭神 品陀別命 他15柱
社格
例祭

 

大津神社の概要

大阪府泉大津市若宮町に鎮座する神社です。

当社の創建・由緒は詳らかでありません。神功皇后が当地に上陸したという伝承がある他、社伝によれば、阿部朝臣広庭の八世の孫、三郎忠清という人物が源頼義に付き従って奥州征伐で活躍した功により、当地付近を賜って和泉三郎と名乗り、鶴ヶ岡八幡宮に倣って康平七年(1063年)に八幡宮を勧請したとも言われています。

「大津」の地名は元は「小津」と呼ばれました。泉大津市のHPによれば『土佐日記』に「小津の浦」と見え、120年後の『更級日記』には「大津の浦」と見えるとあり、11世紀前後に小津から大津へと転化し、府中国府の港町として徐々に繁栄していったようです。

当社は明治四十一年に神社合祀政策により式内社「粟神社」を合祀しています。

その他、「宇多神社(旧地・上之町)」、「神明神社(旧地・神明町)」、「事代主神社(旧地・戎町)」を合祀していますが、当地に隣接する大字として神明町の他に菅原町・春日町など明らかに神社に由来する地名があり、そこに鎮座していた神社も合祀しているかもしれません。

現在、泉大津は紡績産業の盛んな地でありこれら製品を出荷する工業港であるとともに、北九州の新門司港とを結ぶフェリーも運航する一大港湾都市となっています。古くからそうだったかはわかりませんが、今では港町としての泉大津を守護する神社としての役割も担っていることでしょう。

 

境内の様子

境内入口。南海電鉄の泉大津駅から至近の地ということで周囲は宅地化されており、神社前には新たにマンションも建設されていました。

 

鳥居の両脇に配置されている狛犬。和泉砂岩製でしょうか。

 

鳥居をくぐると参道の右側(南東側)に手水舎があります。

 

正面に南西向きの社殿が建ってます。拝殿は瓦葺きで、平入の入母屋造に唐破風付き入母屋の向拝が付いています。この向拝のためにまるで陣屋のような重厚さが感じられる建築となっています。

 

本殿はよく見えませんが千鳥破風付きの流造でしょうか。

塀に隠れて完全に見えませんが、本殿に隣接して粟神社の旧社殿が移設されており、泉大津市指定有形文化財となっているようです。

 

拝殿前にある桃の石造物。基壇には方位が刻まれ、艮、巽、坤、乾の方位には御富岐玉とされる玉状の突起が付いています。案内板にはこの桃と御富岐玉を手でさすって自分自身を撫でて祓い浄めるよう案内されています。

祭祀氏族の忌部氏に関する粟神社を合祀していること、当社が鬼門を背に建っていることからこれが設置されているようです。

 

本社社殿の右側(南東側)に「戎社」が鎮座しています。本社と戎社は廻廊で接続しており、祭祀の際は雨に濡れず往来できる構造となっています。また戎社の前には大きなクスノキがあります。

 

戎社の右側(西側)に稲荷系の神社があり、二棟の祠があります。こちらは角度を若干変えて西向きに祀られています。

 

当社の境内は菱型の敷地ですが、南端から真北に伸びる参道もあります。裏参道といった雰囲気ですが、南北に真っすぐ伸びていることからかつての表参道だったのかもしれません。左右に並ぶ狛犬や灯籠も古そうなものです。当社の灯籠には寛永元年(1624年)のものがあるそうです。

 

タマヨリ姫
泉大津駅周辺で一番大きな神社って感じだね。やっぱり港町の守護神として祀られたのかな。
そうかもしれないわね。泉大津は古くから綿花を出荷する大きな港町だったみたいだけど、近代にはそこから発展して国内有数の毛織物の生産拠点として一大工業都市になったのよ。
トヨタマ姫

 

御朱印

 

 

地図

大阪府泉大津市若宮町

 

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