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龍田大社 (奈良県生駒郡三郷町立野南)

社号龍田大社
読みたつた
通称
旧呼称
鎮座地奈良県生駒郡三郷町立野南
旧国郡大和国平群郡立野村
御祭神天御柱命、国御柱命
社格式内社、二十二社、旧官幣大社
例祭4月4日

 

龍田大社の概要

奈良県生駒郡三郷町立野南に鎮座する式内社です。『延喜式』神名帳に名神大社に列せられると共に、二十二社の中七社の一つにも列せられ、古くから非常に有力な神社でした。

当社は風の神として広く知られています。

当社の創建の様子は『延喜式』祝詞の「龍田風神祭」に詳しく記載されています。

「龍田風神祭」(大意)

「志貴嶋に大八島国知し皇御孫命」の御代、天皇の御膳に供する穀物や天下の人々の作る作物は草の片葉に至るまで育たず、これが一年二年のみならず何年も続いた。そこで百の物知り人を集めてどの神の御心なのか占わせたが結局それを知ることはできなかった。そこで天皇は「天津神、国津神と忘れることなく祭祀してるのにどの神がこのようなことをしているのか」と祈願したところ、夢に神が現れて「天下の人々の作る作物を悪風荒水で荒らしたのは我ら『天の御柱の命』『国の御柱の命』である。我らの前に品々の幣帛や供物を供えて、我らの宮を朝日の日の向かうところ、夕日の日の向かうところである龍田の立野の小野に建てよ。そうすれば作物や穀物はよく育つだろう」と教えた。そこでその通りに宮を造営した。

このように、作物の凶作が続いていたところ、「天の御柱の命」「国の御柱の命」を名乗る神が夢に現れて祀るよう教えられ、創建したのが当社です。

祝詞に「志貴嶋に大八島国知し皇御孫命」とありますが、志貴(磯城)の地に宮を置いた天皇は磯城瑞籬宮の崇神天皇、磯城嶋金刺宮の欽明天皇の二人がいます。当社の社伝では「志貴嶋に大八島国知し皇御孫命」とは崇神天皇とし、一般的にもそのように解されています。

記紀に崇神天皇の御代に疫病が発生し、神を招いて占ったところ神託により大物主命を祀って大神神社として祀ったことが記されており、当社の記述は無いもののこれに関連して当社も祀られたとされているようです。

一方で「志貴嶋」とあるからには磯城嶋金刺宮の欽明天皇こそが「志貴嶋に大八島国知し皇御孫命」であるとの説もあります。ただ記紀には欽明天皇の御代には特に凶作や災害の記載はありません。

 

当社の御祭神は『延喜式』の祝詞や神名帳の社名にもあるように「天御柱命」「国御柱命」の二柱です。

この二柱は記紀に見えませんが、祝詞や国史に見える当社の例祭が「風神祭」とあることや、祝詞に悪風荒水を起こして作物を荒らしたことが見えることから、風の神であることは明白です。

このことから、この二柱は記紀に見える風の神「シナツヒコ」「シナツヒメ」(厳密には「シナツヒメ」は記紀に見えないが、「シナツヒコ」の対となる女神として想定)であると解されています。

当地に風の神が祀られた理由は詳らかでありませんが、当地は信貴山と明神山に挟まれ、大和川が奈良盆地から大阪平野へ抜ける急峻な谷へ注ぎ込む地であり、谷を吹き抜けた西からの強風が奈良盆地へ吹き込む地であるとも考えられます。

こうした風を鎮めて大和国の安寧を祈り農作物の実りを願って祀られたのが当社だったのでしょう。

或いは風の実害がなくとも、当地は龍田越えを通して奈良盆地と大阪平野を行き来する境界への入口であり、奈良盆地へ侵入する災厄を「風」と捉えてこれを鎮める役目を負っていたのかもしれません。

伝承でははじめ背後の三室山に降臨したとも、さらにその西方の峰に降臨したとも伝えられており、現在もその地に石碑が建っています。そうであるならば、やはり生駒山地南部における大和と河内の境界の神だったことが窺えそうです。

 

先述の通り当社の例祭は「風神祭」であり、河合町川合に鎮座する「廣瀬大社」の例祭である「大忌祭」とセットで古くから祭祀が行われてきました。

『日本書紀』天武天皇四年四月十日の条に風神を竜田の立野に祀らせ、大忌神を広瀬の河曲に祀らせたことが見え、これが両社の例祭の初見です。

その後毎年のように四月と七月に風神祭と大忌祭が行われています。

田植えの時期と収穫前の時期に風神である当社と水神であり穀物神である廣瀬神社で例祭を行うことで大和国の豊穣と安寧を祈願したものでしょう。

 

現在も当社は風の神として信仰されると共に、紅葉の名所としても知られており、奈良県下でも有数の神社として参拝者を集めています。

 

境内の様子

龍田大社

当社は生駒山地の南方にある三室山の東麓に位置しています。現在は周囲は宅地化されています。

境内の東側に入口があり、朱に塗られた両部鳥居が東向きに建っています。

 

鳥居をくぐった様子。社殿までまっすぐに参道が伸びています。住宅に囲まれた現在でも境内は静寂を保っています。

 

参道の右側(北側)に手水舎があります。

 

参道を進むと社殿前に石段。山の麓のなだらかな地に鎮座していることがわかります。

 

石段を上ったところに狛犬が配置されています。花崗岩製で、背の低いずんぐりとした個性的な狛犬。

 

龍田大社

龍田大社

石段を上ると広い空間となり、正面に東向きの社殿が建っています。

拝殿は銅板葺・平入入母屋造で、正面に向拝状の屋根が設けられています。桁行三間・奥行二間で壁の無い開放的な建物です。

 

拝殿後方に石段上に瑞垣が廻らされ、中央に鳥居が建っています。瑞垣と鳥居は朱に塗られ鮮やかな印象。

垣内には左側(南側)に境内社が北向きに二社、右側(北側)に境内社が南向きに三社鎮座しています。いずれも銅板葺の一間社春日造。

その奥は妻入切妻造の中門と透塀で区切られ、さらにその奥に本殿が建っています。

本殿は二棟並んで建っており、いずれも銅板葺の一間社春日造。実際に見ることは殆どできません。

 

社殿の左側(南側)の空間に三社の境内社が鎮座しています。

 

この空間の右側(北側)に「白龍神社」が東向きに鎮座。

江戸末期に白蛇が出現し、その後姿が見えなくなるも明治四十一年(1908年)に別の地に白蛇が出現したのでこれを祀ったと言われています。

四基の朱鳥居が並び、妻入入母屋造の拝殿が建っています。

その奥には石の塚が立って注連縄が掛けられています。石塚の前に鉢が置かれ水が湛えられており、石塚に水をかけるよう案内されています。

案内板

末社 白龍神社

 

白龍神社の左側(南側)に「龍田恵美須神社」が東向きに鎮座。

二基の朱鳥居が建ち、参道上は多数の真っ赤な幟が左右に埋め尽くされています。

奥に屋根付き賽銭箱、さらに奥に銅板葺・一間社流造の社殿が建っています。

寛元元年(1243年)に西宮神社から分霊を勧請したもののいつしか荒廃したため、昭和六十二年(1987年)に再度西宮神社から勧請し改めて祀ったもの。

案内板

末社 龍田恵美須神社

 

龍田恵美須神社の左側(南側)に「三室稲荷神社」が東向きに鎮座。

一基の朱鳥居が建ち、奥に屋根付き賽銭箱、さらに奥に銅板葺の流見世棚造の社殿が建っています。

案内板

末社 三室稲荷神社

 

参道を戻ります。参道の左側(南側)に四角形の池があり、そこに浮かぶ島に境内社が東向きに鎮座。

島の前に朱鳥居が建ち反橋が設けられ、社殿は銅板葺・一間社流造となっています。

社名・御祭神は不明ですが祭祀形態から市杵島姫命ないし弁財天を祀るものと思われます。

 

当社境内は楓が多く、秋には鮮やかに紅葉し美しい光景を見せてくれます。

古く当地の南方、大和川の葛下川合流部~大阪府との境界あたりは「竜田川」(現在の竜田川とは別)と呼ばれ、紅葉の名所として非常によく知られ歌枕となっていました。

また古くから「竜田姫」は秋を掌る女神であり、春の「佐保姫」と対になる神とされていました。竜田姫は記紀に登場しない神ですが、奈良から見て日の昇る東の佐保に対し日の沈む西の当地を秋に擬え神格化したものとも考えられます。

当地はまさに「秋」の象徴とも言える地であり、紅葉の美しい当社もまた「秋の神社」と言えそうです。

 

境内周辺の様子

神奈備神社

龍田大社の南方300mほどのところにある小さな丘に龍田大社の境外末社の「神奈備神社」が鎮座しています。

丘の下から石段が斜面上に伸び頂上まで続いています。

 

石段を上っていくと頂上に朱鳥居が建ち、その奥に桟瓦葺・平入切妻造の社殿が建っています。

当社の御祭神は不明。

神奈備とは神体山や神籬といった神の宿る依代となる地のことであり、当社の社名もこれに因むものと思われます。

ほんの小さな丘であり見るべき特徴も無い丘ですが、古くから神域だったようで、『万葉集』に詠まれた「神奈備」のいくつかは当地のことだとも言われています。

『万葉集』において当地の神奈備とセットで詠まれている「磐瀬の杜」とは三郷駅の西方50mほどのところ、関屋川が大和側に合流する地点にあった森だとされています。

案内板

神奈備神社

 

タマ姫
紅葉がすごく綺麗な神社だね!真っ赤っか!
そうね。この神社の神様は風の神様として有名だけど、その一方で当地の神様「竜田姫」は秋の神様とも言われてるのよ。
トヨ姫

 

 

御朱印

 

地図

奈良県生駒郡三郷町立野南

 

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