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忍坂山口坐神社 (奈良県桜井市赤尾)

社号忍坂山口坐神社
読みおしさかやまぐちにます
通称
旧呼称天一大明神 等
鎮座地奈良県桜井市赤尾
旧国郡大和国式上郡赤尾村
御祭神大山祇命
社格式内社、旧村社
例祭4月15日

 

忍坂山口坐神社の概要

奈良県桜井市赤尾に鎮座する式内社です。『延喜式』神名帳には大社に列せられ、古くは有力な神社だったようです。

当社の社殿は拝殿があるのみで本殿は無く、かつては拝殿後方に聳え立っていた神杉を依代としていました。その杉は現在は枯死しており、その空間には小さな岩石があるのみとなっています。

いずれにせよ本殿を常設する以前の古い祭祀形態が伝えられているようです。

 

『延喜式』神名帳の大和国・山城国には「○○山口(坐)神社」と称する神社が15社記載されており、その中の一つが当社です。

当社の創建・由緒は詳らかでありませんが、他の「○○山口(坐)神社」と同様、水源となる山間の地に山の神を祀り国家的に管理・祭祀したものと考えられます。

「○○山口(坐)神社」は全て『延喜式』臨時祭の祈雨神祭八十五座に加えられており、このことからも「○○山口(坐)神社」が水を司る神として朝廷から重視されたことが窺えます。

『延喜式』祝詞の祈年祭に飛鳥、石村、忍坂、長谷、畝火、耳無の各山口神社はその山の木材を伐り出し宮殿とした旨が記されており、「○○山口(坐)神社」は用材の産地として樹木を守護する神でもあったことが考えられます。

 

当社は上述のように山の神を祀ったと考えられており、その対象の山は東方に聳える「忍坂山(外鎌山)」であると考えられます。

しかし、当社の立地は忍坂山から粟原川を隔てたところにあり、むしろ南西の鳥見山の麓と言える地であると言えます。

このような立地を見れば鳥見山を対象として祭祀したようにも見えますが、不思議なことに当社の社殿は南東向きであり、忍坂山とも鳥見山とも全く異なる方向を向いていることになります。

社殿の背後は三輪山の麓をかすめて大和国中(奈良盆地)となっており、少なくとも山の遥拝所として全く機能しておらず、およそ山の神を祀るとは到底思えないような神社となっています。

山の迫った地にありながら敢えて山を避けているように見え、全く不可思議としか言いようがありません。

他の例を見ると、長崎県壱岐市芦辺町住吉東触に鎮座する「住吉神社」は、航海の神でありながら「波の音を聞きたくない」との神託があったため現在の内陸の地に鎮座したと伝えられています。これが類例にあたるかは判断しかねますが、参考になるかもしれません。

 

またそもそも忍坂山には「忍坂坐生根神社」が、鳥見山には「等彌神社」が、それぞれその山において(或いは神体山として)祭祀しており、いずれの山にしてもそれらの神とは別に山の神を祀ったことになります。

もちろん一つの山には一柱の神だけなどとする規則は無いので何も問題はありませんが、それらの神々とは別に山の神を祀らねばならない理由があったのではと考えてみる必要があるでしょう。

邪推するならば、忍坂山や鳥見山といった特定の山でなく、これらや南方の音羽山、竜門岳などの山々を含めた当地一帯の山々を総括し、総合的に祭祀したのが当社であったのかもしれません。

 

現在の当社の御祭神は「大山祇命」です。他の「○○山口(坐)神社」と同様、この神が本来の神だったのでしょう。

一方、江戸時代以前は当社は「天一大明神」と称し、「天一神」を祀っていました。天一神は方角神の一柱で、十二天将の主神とされています。

天一神は天目一箇神と習合したと思しき例もありますが、当社でどのように信仰されていたかははっきりしません。

いつの頃か山の神としての信仰が後退し、杉の木を依代として山と無関係の祭祀へと変遷していったことも考えられるかもしれません。

 

境内の様子

当社は鳥見山の北東麓にあたる地に鎮座しています。とはいえ山塊からやや北東へ離れたところにあり、境内は森になっています。

当社入口は自動車の駐車場となっているようで、神社の入口に見えないどころか、そもそもここを進んで良いのかと迷ってしまう場所です。

 

自動車の隙間を抜けて進んでいくと奥の突き当りに灯籠が見え、ここが神社の境内であることがわかります。

 

突き当りを左側(北西側)へ曲がると当社の境内。森の中にちょっとした空間があり石灯籠などが並べられています。

 

この空間の奥に鳥居が南東向きに建っています。鳥居の左右に玉垣が配置され、社殿の建つ空間とを区画しています。

 

鳥居をくぐると正面に桟瓦葺・平入切妻造の拝殿が南東向きに建っています。

 

拝殿前に配置されている狛犬。砂岩製です。

 

拝殿後方には本殿がなく、小さな岩石が置かれているだけの何もない空間となっています。

かつてはここに神杉が聳え、それを依代として祀っていたと言われています。

いずれにしても本殿を設けない古い祭祀形態と言えましょう。

 

拝殿手前の右側(北東側)に岩石があります。その手前に祭壇らしき岩石が配され、蝋燭も立てられていることから祭祀の対象となっていると思われますが詳細不明。

 

鳥居の手前右側(北東側)には桟瓦葺・平入切妻造の神庫が建っています。

 

境内の南側には巨大なクスノキが聳えています。

社伝によれば足利義満が金閣寺を造営するにあたり天井板を一枚張りにしたいために当社のクスノキを伐り出したと言われ、現在のこのクスノキはその二代目であるとも伝えられています。

これも立派な樹木ですが、かつて拝殿背後にあったという神杉はこれを凌ぐほどの巨樹だったのでしょうか。

案内板

忍坂山口坐神社

忍坂街道・キーワード 巨樹

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室町幕府の第三代将軍足利義満は、京都の北山に金閣寺を造営するにあたり、天井板を一枚貼りにしたい為に、この神社の楠の『巨樹』を切出したといわれています。

現在、境内にある楠の巨樹は、このときに切られた木の二代目といわれていますが、定かではありません。

大和の古道紀行
桜井市観光協会

 

当社の境内を北東側の国道166号から見た様子。

こんもりとしたとした森となっています。

 

忍坂山(外鎌山)は当社から粟原川を挟んだ東側に聳えています。右側に見切れている森が当社境内。

当社の社殿は忍坂山とは全く異なる方向を向いており、山の神でありながらこのような配置になっているのは不思議としか言いようがありません。

 

タマヨリ姫
ここの神社は近くの大神神社みたいに本殿が無いんだ!ここも古い形の信仰が残ってそうだね!
そうかもしれないわね。でも山の神を祀っているのに山を向いていないなど、不思議な点もいっぱいあるのよ。
トヨタマ姫

 

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