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高屋神社 (大阪府羽曳野市古市)

社号高屋神社
読みたかや
通称
旧呼称山王、八幡 等
鎮座地大阪府羽曳野市古市
旧国郡河内国古市郡古市村
御祭神饒速日命、広国押武金日命
社格式内社、旧村社
例祭

 

高屋神社の概要

大阪府羽曳野市古市に鎮座する式内社です。

明治四十一年(1908年)に神社合祀政策により同じ古市地区の「白鳥神社」に合祀されましたが、昭和二十九年(1954年)に現在地に復興しました。

合祀前の鎮座地は現在地でなかったようで、この近隣であることは確かなようですが、正確な場所は不明となっています。

 

社伝によれば、宣化天皇三年(538年)に勅命によって創建されたと伝えられています。

その他の由緒については詳らかでありませんが、当社を奉斎したのは物部氏の一族である「高屋氏」であると考えられています。

『新撰姓氏録』河内国神別に饒速日命の十世孫、伊己止足尼大連の後裔であるという「高屋連」が登載され、この氏族が当社において祖神を祀ったと思われます。

『続日本紀』はじめ多くの史料で「古市郡高屋連○○」とする人物が見え、古市郡に高屋連が居住していたことは間違いないでしょう。

江戸時代中期の地誌『河内志』によれば当社は「山王」と、また『河内名所図会』によれば「八幡山」と呼ばれたとあります。山王信仰なのか八幡信仰なのかはっきりしないものの江戸時代には本来の御祭神は忘れられていたようです。

現在は当社の御祭神として物部氏・高屋氏の祖神である「饒速日命」と並び、「広国押武金日命(安閑天皇)」が祀られています。経緯は不明ですが、近隣に「安閑天皇陵(古市高屋丘陵)」があることから祀られたものと思われます。

 

境内の様子

高屋神社 羽曳野市

境内入口。当社境内は河内国の東部を南北に伸びる古い街道「東高野街道」に沿って鎮座しています。

 

高屋神社 羽曳野市

入口から境内に入ると右側(北側)に南向きの神明鳥居と小さな社殿が建っています。

拝殿は真新しい建物で、桟瓦葺の平入入母屋造。

 

拝殿前に配置されている狛犬。花崗岩製です。

 

拝殿後方に建つ本殿は柵で囲われてよく見えませんが銅板葺の流造のようです。

 

本社社殿の左側(西側)に境内社が南向きに鎮座。社名や祭神は不明。

鳥居が建ち、奥に桟瓦葺の流造の社殿が建っています。

 

境内の南側に、直接道路から参拝する形で「宮守稲荷大神」が東向きに鎮座。

白く塗られた鳥居が建ち、奥に銅板葺の流見世棚造の社殿が建っています。

 

宮守稲荷大神の脇にひっそりと「高屋神社址」と刻まれた石碑が建っています。

長らく白鳥神社に合祀されていたことを示すものですが、合祀前の鎮座地は当地ではなかったとされています。ただ、その場所は明らかでありません。

 

当社の北方の地にある「城山姥不動明王」。

中世に畠山氏が居城とした高屋城の守護神として祀られたもので、この地が高屋神社の旧社地だったとする説があります。

 

当社の北東にある「安閑天皇皇后春日山田皇女陵(古市高屋陵)」。墳丘長85m、六世紀初頭に築かれたと考えられる前方後円墳で、古墳名は「高屋八幡山古墳」。

当社について『河内名所図会』に「今八幡山といふ」とあり、こちらが旧社地だったとする説もあります。

 

さらに北方には「安閑天皇陵(古市高屋丘陵)」があります。古墳名は「高屋築山古墳」。墳丘長122m、六世紀初頭に築かれたと考えられる前方後円墳で、高屋八幡山古墳と同じ台地上にあります。

当社に「広国押武金日命(安閑天皇)」が祀られているのはこの古墳との関連性が考えられます。

 

タマヨリ姫
別の神社に合祀されたのは100年ちょっと前だけど、それ以前に祀られてた場所はよくわからないんだね。
たった100年でもわからなくなってしまうことって結構あるものよ。だから今あるものをきちんと記録しておくのは大事なことなの。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板

高屋神社

『河内名所図会』

 

地図

大阪府羽曳野市古市

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