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御祖神社跡 (大阪府八尾市大窪)

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社号 御祖神社
読み みおや
通称
旧呼称
鎮座地 大阪府八尾市大窪
旧国郡 河内国高安郡大窪村
御祭神 不詳
社格 式内社、旧村社
例祭 当地での祭祀は廃絶

 

御祖神社の概要

大阪府八尾市大窪に鎮座していた式内社です。明治四十一年に玉祖神社に合祀され、以来跡地のみが残っています。

当社に関しては、『三代実録』の貞観二年(860年)に神階を授けられた旨の記事があることが唯一の資料で、創建や由緒、御祭神など何もかも不明です。社名からして何らかの祖神を祀っていたのでしょう。近隣に鴨神社(跡)があることから賀茂御祖神を祀っていたという説もあります。

玉祖神社が近隣の十一ヶ村を氏子としており当地も例外でなく、合祀の際は信仰の一元化といった様相だったと想像します。ただ跡地が更地にならず公園として残していることから、土地の人々にとって完全に不必要なものとなったわけではないのでしょう。

 

境内の様子

境内入口および境内の様子。遊具が設置してあり公園と化していますが、大きなクスノキがそこがかつて神社の境内であったことを示しています。

 

「式内御祖神社」と刻まれた社号標が建っています。しかしもう神社はありません。

 

境内の隅にはかつて使われていたであろう手水鉢がまだ置かれていました。

 

神輿台もあります。こちらは現役なのでしょうか。

 

境内の奥には小さなお堂と「お蔭燈籠」があります。お蔭灯籠とは、江戸時代に六十年周期で大規模に伊勢神宮へ参詣した「お蔭参り」を記念して奉納された灯籠のことです。この灯籠は天保二年(1831年)に奉納されたもので、天保元年にあったお蔭参りを記念したものと思われます。

このように神社自体がなくなっても、その跡地のところどころに歴史の痕跡を見出すことができます。

 

神社跡付近から眺める生駒山地。この辺りの山際には高安古墳群と呼ばれる古墳時代後期の群集墳があり、高安千塚とも呼ばれています。当社との関係はわかりませんが、古くから人の営みの盛んな地であったことは確かなようです。

 

由緒

『河内名所図会』

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御祖神社

大窪村にあり。延喜式出。三代実録云 貞観二年十一月正従五位下。この所の生土神とす。

 

地図

大阪府八尾市大窪

 

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