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川俣神社 (大阪府東大阪市川俣本町)

社号川俣神社
読みかわまた
通称
旧呼称天神宮 等
鎮座地大阪府東大阪市川俣本町
旧国郡河内国若江郡川俣村
御祭神大己貴命、少彦名命、保食神
社格式内社、旧村社
例祭10月29日

 

川俣神社の概要

大阪府東大阪市川俣本町に鎮座する式内社です。

当社の創建・由緒は詳らかでありません。

当社と関係があると思われる氏族として『新撰姓氏録』に次の氏族が登載されています。

  1. 大和国皇別「川俣公」(日下部宿禰同祖 / 彦坐命の後)
  2. 河内国皇別「川俣公」(日下部連同祖 / 彦坐命の後)
  3. 河内国神別「川跨連」(津速魂命の九世孫、梨富命の後)

これらの内、1.2.は日下部氏と同系統の皇別氏族であるのに対し、3.は中臣氏と同系統の神別氏族でありそれぞれ異なる系統の氏族です。

この内、河内国に居住していた2.もしくは3.の氏族が当社を奉斎していたことが考えられます。

 

一方、『倭名類聚抄』河内国若江郡に「川俣郷」の記載があり、当地の地名はその遺称と考えられています。

また『日本書紀』応神天皇十三年九月条にある歌にも「カハマタ」の地名が見られ、この地名の古いことが窺われます。

当地付近は大和川水系の川がいくつも分流・合流し河内湖へ注いでいた地と思われ、川俣の地名もこれに因んだものと考えられます。

そしてこうした地形を利用し水運に従事した人々が当地に居住していたと推定され、当社を奉斎した氏族も或いはこうした職掌に携わっていたのかもしれません。

一説に上記の皇別氏族の「川俣公」は日下部氏と同系統であり、日下部氏は河内湖の東岸に居住していたと考えられることから、両氏が一丸となって河内湖における水運や漁業、港湾管理などに携わっていたとする見方もあります。

とはいえ現在の御祭神はいずれの氏族とも無関係の神となっており、今では地名にのみ往時の痕跡を残しています。

神社背後を流れる第二寝屋川(旧・楠根川)はかつての大和川の流路の一つだったとも言われており、これもまた痕跡の一つと言えるかもしれません。

 

境内の様子

川俣神社

境内入口。住宅地の中にあり、あまり大きくない神社です。

鳥居は東向きに建っており、宝永二年(1705年)に奉納されたもの。

 

鳥居の脇にずんぐりとした砂岩製の狛犬が一対配置されています。

 

鳥居をくぐって左側(南側)に手水舎があります。

 

川俣神社

川俣神社

鳥居をくぐって正面奥に社殿が東向きに並んでいます。

拝殿は銅板葺の平入切妻造で、神明造のように反りの無い屋根となっています。

 

拝殿前にもまた違った顔の狛犬が一対。こちらは花崗岩製です。

 

本殿は拝殿後方に建つこの覆屋の中に納められているようです。

 

境内社等は無く、シンプルな境内となっています。

 

タマ姫
この辺は古くは川とかいっぱい流れてたみたいだね!川俣って地名もそこから来てるのかな。
そうね。川の流れは時代と共に大きく変動するから昔は今とだいぶ様相が違ってたはずよ。でも川俣って地名自体はかなり古いみたいね。
トヨ姫

 

由緒

案内板

川俣神社

『河内名所図会』

 

地図

大阪府東大阪市川俣本町

 

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