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雙栗神社 (京都府久世郡久御山町佐山双栗)

社号 雙栗神社/双栗神社
読み さぐり
通称
旧呼称 椏本八幡宮 等
鎮座地 京都府久世郡久御山町佐山双栗
旧国郡 山城国久世郡佐山村
御祭神 天照大神、素盞嗚命、事代主命、応神天皇、比咩大神、仁徳天皇、神功皇后
社格 式内社、旧郷社
例祭 10月8日

 

雙栗神社の概要

京都府久世郡久御山町佐山双栗に鎮座する式内社です。

社伝によれば当社は山城国久世郡の羽栗郷・殖栗郷・拝志郷の鎮守社であり、羽栗郷と殖栗郷の間に鎮座していたので、両方の地名に「栗」が含まれることから双栗(雙栗)と称するようになったと言われています。また羽栗の字が双栗に変化した、ハクリの読みがサクリに転訛したとする説もあります。

関連すると思われる氏族として、『新撰姓氏録』に次の氏族が登載されています。

  • 左京皇別 葉栗臣(彦姥津命の三世孫、建穴命の後)
  • 山城国皇別 葉栗(彦国葺命の後)

前者は和安部朝臣・大春日朝臣と同祖、後者は小野同祖とあり、いずれも孝昭天皇の皇子である天帯(足)彦国押人命を出自とする同系の氏族です。山城国の後者の葉栗氏は当地に居住し当社を奉斎していた可能性も考えられます。

一方で江戸時代以前には当社は「椏本八幡宮」と呼ばれていました。椏本は「あてもと」と読みます。

椏本八幡宮としての由緒も伝えられています。それによれば、天治二年(1125年)に当地にあった椏の木(種別不明)の梢に、鳩峰(男山/石清水八幡宮の鎮座地)から金色の光が差して輝いたので、人々はこれを畏れていたところ、当地の神官に「八幡宮を勧請して祀ればこの地の人々を守ろう」と夢のお告げがあったので、朝廷に願い出て椏の木の下に社殿を造営したと伝えられています。

当地は中世において石清水八幡宮の荘園であり、これに伴い八幡神が勧請されて八幡神が本社の神とされ、いつしか上記のような由緒が語られるようになっていったものと思われます。

現在の御祭神は「天照大神」「素盞嗚命」「事代主命」「応神天皇」「比咩大神」「仁徳天皇」「神功皇后」です。後者四柱は八幡神として祀られたものと思われ、前者三柱が雙栗神社としての神だったのでしょう。ただ、本来は上記の葉栗氏が祖神を祀ったものだったのかもしれません。

一方で『山城国風土記』逸文には「南郡(なみくに)社(祗社)。名は宗形の阿良足神。里を並栗と名づける。」とあります。本来は雙栗を「なみくり」と称していたようで、「阿良足神」なる宗像系(?)の神を祀っていたようです。この神は記紀等に登場せず、どのような神なのかは全く不明です。

また、当社の東方6.5kmほどの地に久御山町の飛び地である「佐古梶石」という地があります。ここは現在は山奥のスポーツ公園になっていますが、元は当社の御旅所だったとも言われ、かつては神輿の渡御があったとも言われています。

この飛び地を超えて宇治田原町側には「雙栗天神社」が鎮座しており、当社との関係が考えられるかもしれません。雙栗天神社から当社へ勧請されたとする説もあり、元は雙栗天神社の神域だったのが勧請先の雙栗神社でも尚同地を神域と見なしてきたとする考えもあるようです。

当社の本殿は明応三年(1494年)に建立されたと考えられる古い建築で国指定重要文化財です。現在は団地に囲まれていますが、深い森と古い社殿のある歴史ある神社と言えます。

 

境内の様子

境内入口。鳥居は境内の南西に西向きに建っています。

 

鳥居をくぐると東方へ一直線に参道が伸びています。この参道は境内を東西に貫いており、この先の東側にも入口があります。

 

東西を貫く参道の途中、北側に参道が分岐しており、この先が社殿の建つ空間となっています。参拝時は2018年の台風21号の影響か、多くの倒木が処理された形跡がありました。

 

参道の先には南向きに社殿が並んでおり、前方には割拝殿とも神門とも言える瓦葺・平入入母屋造の建物があります。内部には絵馬が掲げられていました。

 

割拝殿(神門?)の前の右側(東側)には手水鉢が置かれています。

 

後方には中門と透塀に囲まれて檜皮葺・三間社流造の本殿が建っています。内陣・外陣に分かれた構造で、全体に彩色が施されています。明応三年(1494年)に建立されたと考えられており、国指定重要文化財となっています。

木津川から近く、洪水による被害も受けたであろう当地においてこのような古く貴重な建築が残っているのは奇跡的と言えましょう。

 

本殿前の狛犬。花崗岩製のしっかりした造りです。

 

本殿の右側後方(北東側)には御神木としての大きなクスノキがあり、その根元に稲荷系の祠が祀られています。

このクスノキは樹齢400~500年ほどと推定されており、本殿と同様、洪水による被害の多かった当地においてはやはり貴重なもので久御山町指定天然記念物となっています。この木には2018年の台風による被害が無さそうなのは幸いだったと言えそうです。

雙栗神社のクスノキ一本

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久御山町指定天然記念物

雙栗神社のクスノキ一本

雙栗神社所有

樹高 三〇メートル
幹回り 五三五センチメートル
根元回り 九・八メートル
樹齢 四〇〇~五〇〇年
平成八年二月二十九日指定

雙栗神社のクスノキは、本殿の北側にあって、枝張りは東西二九メートル、南北二一メートルにも及んでいる。生育状況はよく、枝葉は茂って樹勢は旺盛である。また、空洞・欠損もなく、着生植物も少ない。

この木についての言い伝えや古文書の記載は特にないが、本樹の傍には稲荷の祠が祀られ、クスノキには注連が張られるなど、神木として大切に保護されてきたことがわかる。樹形も優れ、また樹勢も旺盛であり、クスノキの巨樹として極めて貴重なものである。

なお、本樹は平成三年六月「京都の自然二〇〇選(植物部門)」に選定された。

 

境内の隅には「御厨池舊蹟」と刻まれた石碑が建っており、かつては境内に池があったようです。

当社境内を囲うように団地が建てられており、当社周辺の環境は往時と大きく変わっていることが偲ばれます。

 

タマヨリ姫
「雙栗」で「さぐり」って読むんだ!難しい字だね。
「雙」は「双」の旧字よ。羽栗郷と殖栗郷という「栗」の付く二つの地名の鎮守社だったからそう呼ばれるようになったとする説があるわ。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板「雙栗神社本殿」

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重要文化財

雙栗神社本殿

祭神

天照大神・素盞嗚命・事代主命・応神天皇・比咩大神・仁徳天皇・神功皇后

当社は貞観元年(八五九)正月二十七日に、従五位下の神位を賜い延喜の制には小社に列せられ、また、「延喜式神明帳」にも山城国久世郡雙栗神社三坐と記されてあり、古くから神社の存在していたことがわかる。

廷宝四年(一六七六)の奥書を持つ「椏本八幡宮縁起」によると、応保二年(一一六二)当宮に勅使が立てられ、勲一等を受け、神田を賜い、椏本一品八幡大菩薩と号し、橘氏をもって神司と定められたという。

その後明治十五年(一八八二)に至って、雙栗神社と旧号に復されているが、創建時の本殿の形式については明らかでなく、古記に応保二年に造営され、明応三年(一四九四)には屋根の葺替えを行ったと記されており、現本殿はこの明応三年に建立されたものと考えられる。

昭和五十六年十月三日
久御山町郷土史会

 

地図

京都府久世郡久御山町佐山双栗

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