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片岡神社 (奈良県北葛城郡王寺町本町)

社号 片岡神社
読み かたおか
通称
旧呼称 大宮、五社明神 等
鎮座地 奈良県北葛城郡王寺町本町2丁目
旧国郡 大和国葛下郡王寺村
御祭神 天照皇太神、表筒男命、中筒男命、底筒男命、品陀別命、清瀧命
社格 式内社、旧郷社
例祭 7月31日、10月25日

 

片岡神社の概要

奈良県北葛城郡王寺町本町2丁目に鎮座する式内社です。『延喜式』神名帳には名神大社に列せられ、古くは非常に有力な神社だったようです。

当社の創建・由緒は詳らかでありません。

社伝では、当初は大峰と呼ばれる地に鎮座し、後に字張井へ、さらに門前へと三回の遷座があったと伝えられています。現在も当社の北西600mほどの地に当社の旧地とされる地が伝わっており、祠が建っています(未訪)。

現在地へは天保十四年(1843年)に遷座したと伝えられており、社地としての歴史はかなり新しいようです。

当社の背後の丘を「片岡」と呼んだようで、近隣に孝霊天皇の御陵である「片岡馬坂陵」があります。

また、『日本書紀』推古天皇二十一年十二月の条に聖徳太子が「片岡」へ遊行したときに飢えた人が道端にいたので飲食を与え衣服を脱いで着させてやり、「しなてる 片岡山に 飯に飢て 臥(こや)せる その旅人あはれ…」云々と詠んだとあり、この「片岡」も当地付近であると考えられています。

ただ、南方の香芝市今泉の「志都美神社」は片岡氏が祖神を祀ったと伝えられ、また上牧町下牧には中世の城郭である片岡城があり、これらから「片岡」とはかなり広い範囲を指していた可能性もあります。

 

『延喜式』玄蕃寮には新羅の賓客が来朝する際に饗応する酒を醸すために、廣田神社生田神社長田神社と共に五十束もの稲を用意する旨が記されており、当社が重視されていたことが窺えます。

また『延喜式』臨時祭の祈雨神祭八十五座の一座に当社が含まれ、『三代実録』貞観元年(859年)九月八日の条には実際にこれらの神々に奉幣して風雨のために祈ったことが記されており、雨乞いの神としても朝廷からの崇敬が厚かったようです。

 

現在の御祭神は「天照皇太神」「表筒男命」「中筒男命」「底筒男命」「品陀別命」「清瀧命」といった名だたる神々ですが、当初からの祭神とは考えにくく、本来の祭神は不明です。

「清瀧命」とは真言宗醍醐派の総本山である「醍醐寺」の守護神「清瀧権現」であり、当山派(真言系の修験道の流派)の寺院においてよく祀られる神です。空海が神泉苑で雨乞いの修法を行った時に顕れた善女龍王とされ、その名の通り水神的な神格を持つ仏教の神です。

ただ当社が上記のように雨乞いの神としての側面も見られることから、当社は当地における水を司り、とりわけ近隣を流れる大和川の水流を守護したことも考えられ、その神格が「清瀧命」に継承されているのかもしれません。

 

境内の様子

片岡神社

当社は葛下川が西側へ湾曲して大和川へ合流する内側にある丘の東麓に鎮座しています。恐らくこの丘を古くは「片岡」と呼んでいたのでしょう。

かつてはこの丘の西側に鎮座していたようですが、度重なる遷座を経て天保十四年(1843年)に現在地に遷座したと伝えられています。

社地は王寺小学校のすぐ西側にあり、入口には朱鳥居が東向きに建っています。

 

鳥居の左右傍らに狛犬が配置されています。砂岩製。

 

鳥居をくぐり、境内の北側に手水舎があります。

 

片岡神社

片岡神社

鳥居からコンクリート敷きの参道がまっすぐ正面に伸びています。参道は左右に二条あり、間の「正中」には「神道」と書かれた札が立てられ、神が通る道としてこれを避けるよう工夫されています。

参道の正面に社殿が東向きに並んでいます。

拝殿は桟瓦葺の平入入母屋造りに銅板葺の長い唐破風の向拝が付いています。

この後方に本殿が建っていますが残念ながら拝見することはできません。『式内社調査報告』には五間社神明造とありますが、ネット上の写真からは流造のように見えます。

 

本社拝殿の左側(南側)に境内社の拝殿が建っています。桟瓦葺の平入入母屋造で庇が付き、本社拝殿と接続された建物です。

こちらも殆ど見ることはできませんが、この奥に次の四社の境内社が鎮座しています。

  • 大原神社」(御祭神「門部王命」)
  • 金計神社」(御祭神「天児屋根命」)
  • 住吉神社」(御祭神「中筒男命」)
  • 弁天神社」(御祭神「市杵島姫命」)

これらの神社は明治年間の神社合祀政策により近隣から遷座してきたもののようです。

なお、拝殿前の右側二基の灯籠には「金計社」と刻まれています。金計神社の旧地から移設したものでしょうか。

 

境内社拝殿前に配置されている狛犬。砂岩製。こちらもいずれかの神社の旧地から持ってきたものかもしれません。

 

本社拝殿の右側(北側)に朱鳥居が建ち、その奥の壁の奥に格子越しに境内社が東向きに建っているのが見えます。

鳥居の扁額には「吉岡大明神」、社殿傍らの立札には「賢岡大明神」と記されています。

社殿は銅板葺の一間社流造で朱の施されたもの。

 

タマヨリ姫
小さな神社だけどここも古い由緒があるのかな。
古くは名神大社で朝廷から厚く崇敬された神社よ。でも今の社地は比較的新しいみたいね。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板「片岡神社」

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片岡神社

古くは元町大峰の東北端に鎮座していたそうです。

「新抄格勅符抄」に大同元年〈西暦八〇六年〉のこととして片岡神の神戸(封戸、昔神領に付属して租、庸、調を神社に納めていた農民)のことが出ているそうで、その頃既にこの神社が成立していたことを示しています。

また「三代実録」には、貞観元年〈西暦八五九年〉正月、正五位下に昇叙されたことがでています。

この社は、法光寺の鎮守社ともいわれ、本殿向かって左方には大原神社、金計神社ほか計四社がまつられています。

社伝によると風雨の神として尊信せられ正暦五年(西暦九九四年)には、疫病や天変地異が続いたため、中臣氏人が宣命使となって救済を祈願して奉幣したといわれています。

 

地図

奈良県北葛城郡王寺町本町2丁目

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