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天高市神社 (奈良県橿原市曽我町)

社号 天高市神社
読み あめのたけち
通称 八幡宮 等
旧呼称 高市八幡 等
鎮座地 奈良県橿原市曽我町
旧国郡 大和国高市郡曽我村
御祭神 事代主命、品陀別命、息長帯姫命、比売神
社格 式内社、旧村社
例祭 9月15日

 

天高市神社の概要

奈良県橿原市曽我町に鎮座する式内社です。『延喜式』神名帳には大社に列せられ、古くは有力な神社だったようです。

当社の創建・由緒は詳らかでありません。

『日本書紀』には神代において「天高市」なる文字列が二回登場します。

一つは、天岩戸の段の一書第一に、アマテラスが天岩屋に閉じこもり昼夜の別がなくなったとき、八十万の神が”天高市”に集まって相談した、とあること。

もう一つは、国譲りの段の一書第二に、フツヌシが葦原中国を平定してオオモノヌシとコトシロヌシが帰順したとき、八十万の神を”天高市”に集めてこの神々を率いて天に昇った、とあること。

いずれも八十万の神々が集まる場所として「天高市」が登場します。

この『日本書紀』に登場する「天高市」が当社と関係するのは不明です。しかし『日本書紀』の「天高市」は漠然と「神々の集まる小高い場所」といった意と考えられ、特に天岩戸の段では天上の高天原であることは明らかで、特定の地名でないと考えられます。

一方、当地は古くから高市郡に属しており、その前身と考えられる高市県も当地が含まれていたと思われます。「高市」は極めて古い地名であり、当社の社名は『日本書紀』の神代における舞台というより、当地の地名としての「高市」に関わるものであるとする方が妥当でしょう。

当社についての古い記録は『三代実録』貞観元年(859年)正月二十七日の条に他の多くの神社と共に従五位上の神階が授けられたとある程度しかなく、当社がどのような経緯で創建され、どのような神格だったのかははっきりしません。

 

当社は江戸時代には「高市八幡」と呼ばれ、現在も八幡神を祀っています。

現在の御祭神は「事代主命」「品陀別命」「息長帯姫命」「比売神」の四柱で、この内の品陀別命と息長帯姫命が八幡神にあたります。事代主命と比売神が祀られている理由は不明。

一方、江戸時代中期の『神名帳考証』は当社の祭神を高市県主の祖である「天津彦根命」としています。

同時期の『大和志』の記述から当時は既に八幡信仰の神社となっていたと思われ、当社の祭神を「天津彦根命」とするのは『神名帳考証』の著者である出口延経の推測でしょうが、当社の社名から高市郡と関わりの深い高市県主が当社を奉斎し祖神を祀ったことは十分考えられます。

当社がどのような神社であったかは不明ですが、江戸時代以降現在も八幡信仰の神社として崇敬されており、「宗我坐宗我都比古神社」と共に曽我町の氏神として信仰されています。

 

境内の様子

天高市神社

当社は曽我町のほぼ中心に鎮座しており、曽我町の旧集落の近くにある道路に面して東向きの鳥居が建っています。

鳥居前に配置してある安永二年(1773年)に奉納された灯籠には「八幡宮」と刻まれています。

なお現在も近隣住民の間では「八幡宮」と呼ぶ人が多いようです。

 

鳥居をくぐった様子。当社は同じ曽我町に鎮座する「宗我坐宗我都比古神社」と非常によく似た境内となっており、東向きであること、参道の先に提灯台らしき門型の構造物があること、参道の先に広い空間があることが共通し、さらに社殿の形式も酷似していることから、どちらがどちらであったか紛らわしくなるほどです。

 

参道途中の右側(北側)に手水舎が建っています。

 

天高市神社

天高市神社

門型の構造物をくぐると正面奥に社殿が東向きに並んでいます。

拝殿は桟瓦葺の平入切妻造で、銅板葺の妻入切妻造の向拝が付いたもの。

向拝が銅板葺であることを除けば「宗我坐宗我都比古神社」の拝殿と全く瓜二つとなっています。

ただ当社の拝殿は右側(北側)に神饌所(?)らしき建物が接続しています。

また拝殿後方に本殿が建っていますが、後方へ立ち入ることは出来ず全く見ることができません。資料によれば銅板葺の一間社流造のようです。

 

拝殿前に配置されている狛犬。砂岩製です。

 

拝殿手前の右側(北側)に五社の境内社が南向きに並んでいます。右側(東側)の境内社から順に紹介します。

 

境内社群の最も右側(東側)に「稲荷神社」が鎮座。御祭神は「宇迦之御魂神」。

社殿は銅板葺の一間社流造で、手前に二基の朱鳥居が建っています。

 

稲荷神社の左側(西側)に隣接して「菅原神社」が鎮座。御祭神は「菅原道真公」。

社殿は銅板葺の一間社流造。稲荷神社の社殿とほぼ同規格ですが脇障子や縁がありません。

 

菅原神社の左側(西側)に隣接して「八坂神社」が鎮座。御祭神は「素戔嗚命」。

社殿は銅板葺の春日見世棚造。

 

八坂神社の左側(西側)に隣接して「秋葉神社」が鎮座。御祭神は「軻遇突神」。

社殿は銅板葺の春日見世棚造。八坂神社と比べて基壇が低く、社殿は縦長となっています。

 

八坂神社の左側(西側)、境内社群の左端に「高良神社」が鎮座。御祭神は「高良玉垂神」。

社殿は銅板葺の一間社流造。こちらも稲荷神社・菅原神社より基壇が低く、縦長の社殿となっています。

 

稲荷神社の手前右側(東側)には小さな木が植えられ玉垣で囲われていました。

 

タマヨリ姫
『日本書紀』の神様がいっぱい出てくるところで「天高市」ってところが出てくるんだね!じゃあここがそうだったのかな?
『日本書紀』の「天高市」は神話上の漠然とした地名だと思うわ。この神社と関係あるのかは正直わからないわね。
トヨタマ姫

 

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