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美多彌神社 (大阪府堺市南区鴨谷台)

社号美多彌神社
読みみたみ
通称
旧呼称牛頭天王社 等
鎮座地大阪府堺市南区鴨谷台
旧国郡和泉国大鳥郡上村
御祭神天児屋根命、須佐之男命
社格式内社、旧村社
例祭10月第1日曜日

 

美多彌神社の概要

大阪府堺市南区鴨谷台に鎮座する式内社です。

当社の創建・由緒は詳らかでありません。

一説に当地に居住した「民氏」が祖神を祀ったとも考えられており、関係する氏族として『新撰姓氏録』に次の氏族が登載されています。

  1. 和泉国神別「民直」(天児屋命の後)
  2. 和泉国神別「民直」(天穂日命の十七世孫、若桑足尼の後)

両者は別系統の氏族ですが、いずれも和泉国に居住しており、当社を奉斎した可能性があります。

当社の御祭神の一柱に「天児屋根命」があり、当社では1.の中臣系の氏族が当社の祭祀氏族だったとしています。

社伝によれば、南北朝時代には楠木正成が守護神として崇敬しましたが、戦国時代に織田信長による紀州征伐により焼失。その後文禄元年(1592年)に楠木氏の末裔である和田道讃が再建したと伝えられています。このように中世は楠木氏の信仰が厚かったようです。

当社は1960年代以降に大規模に開発された泉北ニュータウンの中にあるものの、当社の社叢は極めて貴重な植生が残っています。

中でも暖地性の樹木であるシリブカガシはこの社叢がほぼ分布の東限に近く、大阪府の天然記念物に指定されています。

 

境内の様子

一の鳥居は境内の南東に南向きに建っており、参道はしばらく道路と並行します。

 

参道は途中で左へ折れ、真新しい二の鳥居が東向きに建っています。

 

二の鳥居の手前側に配置されている狛犬。真新しいもの。

 

二の鳥居の奥側にも狛犬が配置されています。こちらは古めかしく目がギョロッとしているのが特徴的。

 

二の鳥居をくぐって右側(北側)に手水舎が建っています。

 

二の鳥居をくぐると丘の上へ伸びる石段があり、これを上っていくと三の鳥居が東向きに建っています。

三の鳥居の先は南北に広い空間となっています。

 

美多彌神社

三の鳥居の正面奥に四の鳥居が東向きに建ち、さらに石段を上ります。

 

美多彌神社

石段上の空間に社殿が東向きに並んでいます。この空間は狭く、石段と社殿の間はほんの僅かの間しかありません。

拝殿はRC造で、銅板葺の平入入母屋造に軒唐破風が付いたもので、左右にも部屋があり社務所を兼ねています。

 

拝殿後方に建つ本殿は簡素な覆屋の中にあり、銅板葺の流造に千鳥破風と軒唐破風が付いたもの。

 

社殿の左側(南側)に五体の地蔵菩薩の石像と小さな祠が安置されています。

 

境内の森は暖地性の貴重な植生を形成しており、中でも当地がほぼ分布の東限のシリブカガシは貴重で、大阪府指定天然記念物となっています。

シリブカガシは地元では「いっちん」と呼ばれているようです。

 

社殿前から鳥居側を見下ろした様子。急な断崖に鎮座していることがわかります。

 

石段を下り、四の鳥居の左側(南側)に「金刀比羅宮」が東向きに鎮座。

社殿は銅板葺の流造状の建物。

 

さらに金刀比羅宮の左側に隣接して「白天龍王大神」が東向きに鎮座。

一間社流造の石祠となっています。

 

春頃の当社は多くの花が咲き、鮮やかに境内を彩ります。

 

当社付近の光景。丘の上に1960年代以降に大規模に造成された泉北ニュータウンがある一方、谷底の平野には昔ながらの田圃や集落があり、中には当社のシリブカガシといった貴重な樹林や、「桜井神社」(片蔵地区に鎮座)の拝殿のような国宝建築もあります。

この辺りは「開発」と「伝統」が隣り合わせに存在する不思議な一帯となっています。

 

タマヨリ姫
ここは大規模に開発されたところにありながら貴重な森が残ってるんだってね!
丘の上はニュータウンとして開発された一方で、谷底には昔ながらの風景が残ってるのよ。この神社は丁度その狭間にあると言えるわね。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板

美多彌神社

石碑

美多弥の宮由緒

 

地図

大阪府堺市南区鴨谷台

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