社号 | 宿院頓宮 |
読み | しゅくいんとんぐう |
通称 | |
旧呼称 | |
鎮座地 | 大阪府堺市堺区宿院町東 |
旧国郡 | 和泉国大鳥郡宿院町 |
御祭神 | 住吉大神、大鳥井瀬大神 |
社格 | |
例祭 | 7月31日、8月1日、10月5日 |
宿院頓宮の概要
大阪府堺市堺区宿院町東にある頓宮、および神社です。当社は住吉大社の境外社である「波除住吉神社」、そして大鳥大社の境外社であり式内社の「大鳥井瀬神社」の相殿となっています。
当地は古くより住吉大社の御旅所で、古くは六月晦日に神輿の渡御があり、境内の飯匙堀(いいがいぼり)で「荒和大祓」という神事が行われてきました。明治八年(1875年)より大鳥大社の御旅所ともなり、現在は7月31日に大鳥大社から、8月1日に住吉大社から神輿の渡御があり、荒和大祓神事が行われています。
『住吉大社神代記』(住吉大社に伝わる古典籍)には六月御解除を行う神領として「開口水門姫神社」が記載されており、現在の開口神社に比定されています。恐らく飯匙堀はかつて開口神社の社域だったと思われ、六月御解除が後の荒和大祓神事になったと考えられます。
飯匙堀はかつて形が飯匙(=しゃもじ)に似ていたからそう名付けられたと伝えられています。伝承では、日本神話においてホオリ(山幸彦)が海神から授かった潮満珠・潮乾珠の内、潮乾珠をここに埋めたと伝えられています。一方の潮満珠は住吉大社摂社の大海神社にある玉の井に沈めたと伝えられ、当地と対になっています。
また、ホオリが海神の宮へ行く手助けをした塩土老翁神は「開口神社」に祀られており、ホオリを祀っていた「如意社」(現在は廃絶?)も近隣に鎮座していたようです。このように神話に関連する神社がまとまって鎮座しており、『堺鑑』『和泉名所図会』等の江戸時代の文献を見ても当地付近が一体となって神話の舞台として語られていたことがわかります。
これらは古代において海を舞台に活躍した海人族の伝承が元になって伝えられていると思われます。当地および大海神社は大阪府において最も海の伝承の濃い一帯であると言えるでしょう。古くから当地が住吉大社の神領・御旅所とされたことも、海に関わる神としての住吉大神や大海神社、そしてそれらを奉斎してきた人々との関わりが深かったことを示すものと思われます。
大鳥井瀬神社
宿院頓宮には式内社の「大鳥井瀬神社」が祀られています。御祭神は「弟橘姫命」。大鳥五社明神の一つ。
社伝によれば、大鳥五社の内、当社と大鳥北浜神社と大鳥濱神社は景雲年間に管生朝臣小村が幣を奉じて祀ったとされています。『新撰姓氏録』河内国神別に津速魂命の二世孫、天児屋根命の後裔である「菅生朝臣」が登載されており、この氏族は大鳥大社を奉斎したと考えられる大鳥連と同様に中臣氏の一族です。大鳥大社は古くから日本武尊を祀るという信仰が生まれ、大鳥連の祖神を祀ったことは早くから忘れ去られましたが、この伝承からは大鳥郡に中臣氏が居住し大鳥五社を奉斎したことが辛うじて伝えられているように思います。
大鳥五社の内、大鳥大社は日本武尊が、大鳥美波比神社は天照大神が祀られていますが、残りの三社はそれぞれ日本武尊の妃が祀られており、当社の祭神である弟橘姫命もその一人です。恐らく大鳥大社が日本武尊を祀ると考えられるようになってから、三社に日本武尊の妃を振り分けて祀るようになったものでしょう。本来は当社も中臣系の神が祀られていたものと思われます。
当社は明治十一年(1878年)に一旦大鳥大社の境内へ遷座した後、大正十一年(1922年)に当地へ遷座、波除住吉神社と並んで鎮座していましたが、堺空襲により焼失、戦後に現在のような相殿という形で祀られました。
しかし、明治十一年以前の旧鎮座地についてはどういうわけか二ヶ所の説があります。一つは旧堀上村、もう一つは旧平岡村です。前者は大鳥大社の東方約2kmほど、後者は大鳥大社の東方約1kmほどの地です。隣接する地とはいえ旧地が二説あってはっきりしないのは何とももどかしいところ。少なくとも大鳥大社へ遷座したのは当社が荒廃していたからのようで、いずれにせよ土地の人からは半ば忘れられた存在だったのかもしれません。社名から推すに、川や井戸の水流を司る神だったのでしょうか。
境内の様子
境内入口。堺市の中心部、フェニックス通りに面して北東向きの角鳥居が建っています。
鳥居をくぐって右側(北西側)に朱に塗られた手水舎があります。
正面左側(南東側)に北西向きの社殿が建っています。拝殿は平入の切妻造に大きな唐破風の向拝が付き、向拝の下に凸型の外陣のような部屋があります。手前が拝殿で奥が幣殿と見ることができるかもしれません。
本殿は全く見えませんが、航空写真では妻入の切妻造の本殿が確認できます。住吉造でしょうか。
社殿前の狛犬。花崗岩製で、目が大きく、頭頂部から背中まで滑らかに一続きになった珍しい狛犬です。
狛犬の先、境内の北西側の空間は森になっています。
この森の奥に住吉大社の御旅所、「飯匙堀(いいがいぼり)」があります。かつては六月晦日に、現在は8月1日に住吉大社から渡御があり、「荒和大祓神事」が行われます。
伝承ではホオリ(山幸彦)が海神から授かった潮満珠・潮乾珠の内、潮乾珠をここに埋めたと伝えられています。潮満珠を沈めたとされる大海神社の「玉の井」と対になる地です。
飯匙堀の中には岩があり、注連縄が掛けられています。飯匙堀の名はその形が飯匙(=しゃもじ)に似ているからと伝えられますが、現在は方形の堀となっています。飯匙堀の側には願掛けとしてしゃもじに願い事が書かれて奉納されています。
案内板「飯匙堀について」
飯匙堀の前の狛犬。花崗岩製で古めかしさが感じられます。
この森の一画には兎の彫像があります。住吉大社は卯年卯月卯日に祀られたことから兎が神使とされており、これに因んで昭和三十八年に作られたものです。
案内板「「白夜の兎」群像」
境内の隅に「兜神社舊蹟」と刻まれた石碑があります。
「兜神社」は神功皇后の三韓征伐の帰途に兜を納めたと伝えられる神社で、「八幡神」「神功皇后」「玉依姫」を祀っていました。宿院町に鎮座していたようですが、今は開口神社に遷座・合祀されています。
他にも付近に「彦火火出見尊(=ホオリ=山幸彦)」を祀る「如意神社」が鎮座していたようですが、同様に現在は見当たらず、合祀されたか廃絶したようです。
いずれも住吉大社や飯匙堀と関係の深そうな神社だけに残念なことです。


由緒
案内板「宿院頓宮」
『和泉名所図会』
地図
関係する寺社等
-
住吉大社 (大阪府大阪市住吉区住吉)
社号 住吉大社 読み すみよし 通称 住吉さん 旧呼称 住吉四社大明神 等 鎮座地 大阪府大阪市住吉区住吉 旧国郡 摂津国住吉郡住吉村 御祭神 底筒男命、中筒男命、表筒男命、神功皇后 社格 式内社、摂 ...
続きを見る
-
大海神社 (大阪府大阪市住吉区住吉)
社号 大海神社 読み だいかい 通称 旧呼称 鎮座地 大阪府大阪市住吉区住吉 旧国郡 摂津国住吉郡住吉村 御祭神 豊玉彦命、豊玉姫命 社格 式内社 例祭 10月13日 式内社 攝津國住吉郡 大海神社 ...
続きを見る
-
開口神社 (大阪府堺市堺区甲斐町東)
社号 開口神社 読み あぐち 通称 大寺さん 旧呼称 開口三村大明神 等 鎮座地 大阪府堺市堺区甲斐町東 旧国郡 和泉国大鳥郡甲斐町 御祭神 塩土老翁神、素盞嗚神、生国魂神 社格 式内社、旧府社 例祭 ...
続きを見る
-
大鳥大社 (大阪府堺市西区鳳北町)
社号 大鳥神社 読み おおとり 通称 大鳥大社、大鳥さん 旧呼称 鎮座地 大阪府堺市西区鳳北町 旧国郡 和泉国大鳥郡大鳥村 御祭神 日本武尊、大鳥連祖神 社格 式内社、旧官幣大社、和泉国一宮 例祭 8 ...
続きを見る
-
大鳥北浜神社 (大阪府堺市西区浜寺元町)
社号 大鳥北浜神社 読み おおとりきたはま 通称 旧呼称 大鳥鍬靫社 等 鎮座地 大阪府堺市西区浜寺元町 旧国郡 和泉国大鳥郡西下村 御祭神 吉備穴戸武媛命 社格 式内社 例祭 10月5日 式内社 和 ...
続きを見る
-
大鳥羽衣濱神社 (大阪府高石市羽衣)
社号 大鳥羽衣濱神社 読み おおとりはごろもはま 通称 大鳥浜神社、羽衣浜神社 等 旧呼称 井戸守大明神 等 鎮座地 大阪府高石市羽衣 旧国郡 和泉国大鳥郡今在家村 御祭神 両道入姫命 社格 式内社、 ...
続きを見る