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建水分神社 (大阪府南河内郡千早赤阪村水分)

更新日:

社号 建水分神社
読み たけみくまり
通称 水分神社、上水分社 等
旧呼称 水分大明神 等
鎮座地 大阪府南河内郡千早赤阪村水分
旧国郡 河内国石川郡水分村
御祭神 天御中主神、天水分神、国水分神、罔象女神、瀬織津媛神
社格 式内社、旧府社
例祭 4月25日、10月第三土曜日

 

建水分神社の概要

大阪府千早赤阪村水分に鎮座する式内社です。

水越峠の西側に鎮座しており、反対側の東側には大和国葛上郡の式内社、葛城水分神社が鎮座しています。峠を挟んで東西に古い水分神社が鎮座している形となっています。

一方で水越川・千早川を下って石川と合流するあたりに鎮座する美具久留御魂神社を下水分社として、当社を上水分社とする呼び習わし方もあります。

水分(みくまり)神とは水の分配を司る神とされ、当社や先述の葛城水分神社をはじめ、畿内では各地で水分神社と名乗る式内社があります。山口神社シリーズと並び、畿内において水が安定的に供給されることを祈って国家的に祭祀されたのかもしれません。

社伝では崇神天皇五年(紀元前92年)に飢饉があった時、諸国に池や溝を造り農業を勧め、この時に金剛葛城の山麓に水神として祀ったのが創建であるとされています。建武元年(1334年)には後醍醐天皇が楠木正成に勅して、当時水越川のほとりに鎮座していたのを山上である現在地に遷座し社殿を造営したと伝えられます。

楠木正成と当社の関係は深く、当社を氏神と仰ぎ、勅を奉じて軍を起こすにあたり当社に歌を詠んだと言われています。楠木正成が湊川で戦死するとその翌年に像が造られ、当社境内に楠木正成が祀られることになりました。

国の重要文化財に指定されている本殿は楠木正成が造営した当初のものが残っています。都会の喧騒とは離れた長閑な奥河内に歴史の一端が詰まっていることを感じさせる神社と言えるでしょう。

 

境内の様子

こちらが境内入口。灯籠はあるものの鳥居がなく、ここから入って大丈夫なのかちょっと迷ってしまいます。

 

入口から坂道を上っていくと鳥居のある広い空間に出ます。鳥居に掛かる扁額は、後醍醐天皇の宸筆で楠正行が奉納した扁額を、摩耗が激しくなったために宝永二年(1705年)に藤原頼孝卿がそれをなぞって模造したものです。藤原頼孝卿は科長神社でも扁額を奉納しており、当地では著名な書家だったようです。

 

鳥居両脇に配置された狛犬。丸っこくて大柄なデザインとなっています。

 

鳥居をくぐると森の中の急斜面に石段が伸びており、ここを上っていくと西向きの社殿が建っています。拝殿は平入の入母屋造でしょうか。石段上の空間は狭く、かなり窮屈そうに建っています。

拝殿後方の斜面上には国指定重要文化財の本殿が建っているのですが、残念ながら見学することができません。中央に一間社春日造、左右に二間社流造を配置し、この三殿を渡廊で連結するという極めて珍しい形式で「水分造」とも呼ばれています。楠木正成公が造営したものと伝えられています。

 

拝殿の左手(北側)に「金峯神社」が鎮座。「天照大御神」を祀っています。

 

石段下の空間の南側に摂社である「南木(なぎ)神社」が鎮座しており、「楠木正成公」を祀っています。延元元年(1336年)に正成公が湊川で戦死すると、後醍醐天皇はその翌年に親ら像を刻み、正成公と縁の深い当社に祀ったと伝えられます。その後、後村上天皇より「南木明神」の神号を賜ったのが当社とされています。

 

境内の隅に建つ休憩所。絵馬殿も兼ねてるようです。やや古い建築のように思われ、個人的にちょっと気になる物件です。

 

当社のある千早赤阪村は大阪府唯一の「村」であり、周囲は大阪府とは思えないほど長閑な光景が広がっています。特に下赤阪の棚田は棚田百選にも選ばれるほど美しく優れた景観で、都市近郊であることが信じられない景色となっています。参拝の際は周辺にも是非足を伸ばしてみてください。

 

御朱印

 

 

由緒

案内板「建水分神社」

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建水分神社<通称・水分神社>

御祭神

(中殿)天御中主神(宇宙根源の元始神で天地創造と万物生成の神)
(左殿)天水分神(天の水を施し分配する神) 罔象女神(水を主宰する神)
(右殿)国水分神(地の水を施し分配する神) 瀬織津媛神(罪穢を祓い清める神)

御由緒

創建は第十代・崇神天皇五年(西暦前九二)で、同天皇の御宇天下饑疫にみまわれ百姓農事を怠った時、諸国に池溝を穿ち農事を勧められ、この時勅して金剛葛城の山麓に水神として奉祀せられた。延長五年(九二七)修撰の『延喜式-神名帳-』に「建水分神社」と記載の式内社である。また延喜元年(九〇一)撰上の『日本三大実録』には叙位累進の記録がみえる。

世々皇室の御崇敬極めて篤く、第九十六代・後醍醐天皇の御代に至り、建武元年(一三三四)楠木正成公に勅して、元は山下の水越川の畔にあった社殿を現地山上に遷し、本殿、拝殿、鐘楼等を再営させられ、延元二年(一三三七)神階正一位の極位を授け給うた。

当社は霊峰金剛山の総鎮守で、古来より付近十八ヵ村の産土神であると共に、累代此地を本拠とした楠木氏の氏神でもある。正成公は勅を奉じ征賊の軍を起こすに当たり、祈念篤く「久方の天津朝廷(あまつみかど)の安かれと祈るは國の水分の神」と詠まれた。

ときに織田信長は河内国攻略に際し、当社領を悉く没収し社頭は一時衰退したが、豊臣秀吉は再び田地を祈祷料として寄進し、深く崇敬するところとなり、旧に復するを得た。

なお大鳥居の「正一位 水分大明神」の額は、後醍醐天皇宸筆と伝えられ、正成公の嫡男である正行公が奉納された木額(宝物)の表面が摩滅した為、宝永二年(一七〇五)前大納言・葉室(藤原)頼孝卿がその聖筆をなぞり、金銅製にて模造したものである。

明治六年付近十八ヶ村の総鎮守産土神の故を以て郷社に列し、明治四十年神饌幣帛料拱進社に指定せられ、氏子区域内十七の神社を合祀し、大正二年府社に昇格した。

また正成公再営の本殿は三殿からなり、水分造とも称される。中殿に一間社春日造、左右両殿に二間社流造を配し、各殿を渡廊で連結するという全国でも他に例を見ない様式である。構造の細部も優秀巧緻で建築上の模範であり、明治三十三年に大阪府の神社建築として初めて特別保護建造物(国宝)に指定され、昭和二十五年には重要文化財の指定を受けた。(非公開)

摂社の南木神社(なぎじんじゃ)は楠木正成公を祀る。延元元年(一三三六)正成公が湊川で戦死されると後醍醐天皇その悼惜限りなく、翌二年(一三三七)御親らその像を刻ませ給い、公と縁故深き当社境内に祀り、その誠忠を無窮に伝えしめ給うた。さらに次代の後村上天皇より「南木明神」の神号を賜った。元禄十年(一六九七)領主の石川総茂も正成公を尊崇し、傾頽した南木神社社殿を再建した。しかしこの社殿も昭和九年の大風害(室戸台風)により老木倒れて倒壊し、現社殿は昭和十五年官弊社建築に準じて設計再造営されたものである。

末社の金峰神社(きんぷじんじゃ)は本社社殿の北脇に鎮座し、由緒創建は詳らかでないが、皇室の御祖神であり、日本人の総氏神でもある伊勢の神宮の御祭神、天照大御神を奉齋する。

また当社紋の菊水は楠木氏の家紋としても世に知られ、その名の如く上半分が菊、下半分が水の流れを表す。紋様の由来には諸説あるが一説に、皇室の御紋である菊は後醍醐天皇より正成のその忠誠に対し下賜され、水流は楠木氏が氏神として崇拝した当社が水の分配を司る水神である為とされる。

案内板「建水分神社 重要文化財」

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建水分神社 重要文化財

延喜(905年、延喜5年に醍醐天皇の勅により選進)式神名帳に記されている神社を式内社といい、当神社は河内国石川郡内式社9社のひとつである。

崇神天皇の5年「天下饑疫の際、勅して創建せらる」と有り、池・溝を設けて農事を勧められ、金剛・葛城のふもとに水の神を祀ったと思われる。

楠木家は累代この地に居住し、当神社の祭神建水分大神は楠木家の氏神として崇敬篤く、後醍醐天皇の勅命で正成が水越川のほとりの下宮にあった社をここに再建した。

本殿は春日造りの中殿(天御中主神)、流れ造りの左殿、右殿(水分神)の三殿より成り、三殿が渡り廊下で連結されている。建築学上、その構造、精緻さなどから明治33年に国宝に指定され、現在は重要文化財に指定されている。地元では水分神社と呼ばれ親しまれている。

『河内名所図会』

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建水分神社

水分村にあり。近村都て十八ヶ村の生土神とす。例祭九月十五日。延喜式出。又三代実録云 貞観五年八月授正五位下。同十六年三月授従四位下。元慶三年九月授従四位上。南朝延元二年四月授正一位。額は水分大明神其背面に記して云 延元二年丁丑四月廿七日勅して授位記。五年庚辰四月八日左衛門少尉楠正行書す。

南木祠 本社の右にあり。 後醍醐帝勅によって正成の霊を祭る。扉の銘は武州下舘城主石川源総茂侯是を書す。

亀井 閼伽井 ここに湧泉は本社の傍にあり。

馬場室観音 定朝の作。長二尺一寸。神主守る。むかし神社伽藍魏々として厳重たり。中古織田信長の時荒廃す。今は坊舎の名のみ残りしなり。南□院 地蔵院 吉祥院 馬場室多門院 等なり。今二三箇残りて尊像□□しけり。

谷堂 本尊十一面観音。長六寸。安阿弥の作なり。神主の隣地にあり。

神宮寺 当村にあり。毘沙門天は正成の祈念尊なり。

 

地図

大阪府南河内郡千早赤阪村水分

 

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