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阿遅速雄神社 (大阪府大阪市鶴見区放出東)

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社号 阿遅速雄神社
読み あぢはやお
通称
旧呼称 八剣大明神 等
鎮座地 大阪府大阪市鶴見区放出東
旧国郡 摂津国東成郡放出村
御祭神 味耜高彦根神、八劔大神
社格 式内社、旧郷社
例祭 10月21日

 

阿遅速雄神社の概要

大阪市鶴見区放出東に鎮座する式内社です。『住吉大社神代記』(住吉大社に伝わる古典籍)に「子神」として「味早雄神」が記載され、古くは住吉大社と関係が深かったことが窺えます。

社伝によれば、味耜高彦根神が当地に降臨して人々に農耕の業を授けたとされています。味耜高彦根神といえば、近隣では現在の鶴橋駅付近をかつて味原郷といい、これは味耜高彦根神に因むもので、味耜高彦根神が降臨したと伝えられる地もあったことが『摂津名所図会』に記されています。当地でも同様の伝承があったのでしょうか。或いは同系の人々によって開拓されたのかもしれません。

当地の地名「放出(はなてん)」は難読地名として有名です。この地名は次のような由来が語られています。『日本書紀』に天智天皇七年(668年)、新羅の僧である「道行」という人物が草薙剣を盗み出し新羅へ逃げようとしましたが、その途中に暴風雨に遭って帰ってきた、という記事が見えます。これに関連し、道行が暴風雨を草薙剣の祟りと恐れて剣を「放り出した」ところが「放ち出」、後に訛って「はなてん」となった、と伝えられています。

一方で「放出」の地名について、古代河内湖が淀川へ水を「放出」するところだったから、という説もあります。

当社は明治時代に浪速鉄道(現在の学研都市線)を建設する際に現在地に移転したようですが、境内には巨大なクスノキがあり、貫録を感じさせる境内となっています。

 

境内の様子

境内入口には神門が建っています。四脚門の変形でしょうか。

神門の右手(北側)には慶応四年(1868年)に奉納されたお蔭灯籠があります。お陰灯籠とは、江戸時代に60年に一度一斉に伊勢神宮へお参りした「お蔭参り」を記念して奉納された灯籠のことです。各地で建てられた印象がありますが、意外にも大阪市内に残るお蔭灯籠はこれ一基のみだそうです。

案内板「お蔭灯籠」

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お蔭灯籠

この灯籠は、一八六八(慶応四)年に建立されたお蔭灯籠です。お蔭まいりという伊勢神宮への参詣を記念して建立されました。

江戸時代に入ると、一六五〇(慶安三)年からほぼ六〇年周期で、たくさんの人々が集団で伊勢神宮に参詣する、お蔭まいりという現象がおきました。その間は仕事を放り出してしまうなど、無頼なお祭り的性格が強かったようです。幕末の民衆運動である「ええじゃないか」と関連付けて考えられることもあります。

現在大阪市内に残るお蔭灯籠は、この阿遅速雄神社に残る一基のみです。お蔭まいりを今に伝える貴重なものです。

大阪市教育委員会

 

神門をくぐると鳥居が建っています。当社は現在の学研都市線にあたる浪速鉄道を建設する際に当地に遷座しましたが、それを感じさせない厳かな境内となっています。

 

参道の途中、右手に手水舎があります。

 

正面に東向きの社殿が建っています。拝殿は平入の入母屋造で千鳥破風と唐破風が付いています。

 

当社の狛犬は拝殿前に二対配置されています。手前側の狛犬は文政三年(1820年)に奉納されたもので、随分とずんぐりとした愛嬌ある体形です。

奥側の狛犬は昭和四十三年に新しく奉納されたもので、スラっとしたイケメンな狛犬となっています。

こうして並んでるところを見るとポケモンの第一進化形、第二進化形のようにも見えてくるような。

 

拝殿の脇には、江戸時代に式内社の「阿遲速雄神社」が八剣大明神と呼ばれていた当社に比定されたことを記念して建てられた石碑があります。摂津国の式内社ではしばしば見かけるものです。式内社の所在が江戸時代には不明となっていたことがわかる史料となります。

案内板「阿遅速雄社社号標石」

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大阪市指定文化財   大阪市教育委員会

阿遅速雄社社号標石

[指定の種別]有形文化財 歴史資料

[指定年月日]平成十七年一月七日

阿遅速雄神社(あちはやおじんじゃ)が、平安時代の『延喜式(えんぎしき)』という書物に登場する式内社(しきないしゃ)という格式のある神社のひとつ、阿遅速雄社(あちはやおしゃ)にと考えられることを示した石碑です。

江戸時代中期の学者、並河誠所(なびかせいしょ)は、当時すでによくわからなくなっていた近畿地方の式内社の場所を研究し、式内社と考えられる神社に目印となる石碑を建てることを計画しました。一七三六年頃に、幕府の協力をえて、誠所の弟子が大阪周辺に二〇基の石碑を建てました。うち四基が大阪市内にあり、そのひとつがこの石碑です。

正面には「阿遅速雄社」の社号が、向かって右側には「放出村(はなてんむら)」と場所が刻まれています。台石には「菅廣房(すがひろふさ)建(たてる)」とあり、石碑を建てるための資金を出したと考えられる人物の名を記しています。

 

本殿は畿内では珍しい平入の入母屋造で、千鳥破風と向拝が付いています。

 

鳥居の右側に幹周りが6mにもなる大きなクスノキがあり、大阪府の天然記念物に指定されています。当社の境内の雰囲気はこのクスノキが作り上げていると言っても過言ではありません。当社が当地へ移転する際も「このクスノキのあるところなら」と賛同されたのではと想像できます。

このクスノキの根元には鳥居が設けられ、参拝できるようになっています。大阪市内にはクスノキに龍蛇が住まわれるという信仰がよく見られ、ここもその一例なのでしょう。

案内板「天然記念物 くす」

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天然記念物 くす

鶴見区放出東 阿遅速雄神社

老樹であるが四季を通じて枝葉なを旺盛で風雪に耐え境内に荘嚴の風を添えている 幹囲 目通り十九尺二寸(約六メートル)樹高約五十尺(約十六メートル)枝張約九十八尺(約三十メートル)より社頭の森嚴を加え当方に於ける名樹である

大阪府教育委員会

大阪府古文化記念物保存顕彰規程により昭和十八年八月二十三日天然記念物指定

昭和二十七年三月 大阪府教育委員会

 

先のクスノキとは別に、境内に「楠木稲荷大明神」が鎮座しています。鳥居の列の側にクスノキがありますが、祠の周囲にクスノキがあるわけではないようです。

 

楠木稲荷大明神の左側(西側)に「大将軍」との扁額のある祠が建っています。

 

大将軍の左側に、三つの区画からなる「相殿社」が鎮座しています。右側の区画には「事代主大神」「大地主大神」が、中央の区画には「天照皇大神」「大國主大神」「大歳大神」が、左側の区画には「春日大神」「住吉大神」「八幡大神」「金刀比羅大神」が祀られています。

 

楠木稲荷大明神の右側(東側)に「護国社」が鎮座。

 

境内北東にある「菖蒲神池」。社伝では、仁徳天皇が病に罹っていたとき阿遅速雄神社が夢枕に立ち、「皇居の北東にある神池の菖蒲を祀れば快癒する」とのお告げがあり、その通りにすると快癒したと伝えらています。現在でもこの伝説に倣い菖蒲刈祭が行われているようです。

 

地図

大阪府大阪市鶴見区放出東

 

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