社号 | 天湯川田神社 |
読み | あまゆかわた |
通称 | |
旧呼称 | 川田大明神、春日社 等 |
鎮座地 | 大阪府柏原市高井田 |
旧国郡 | 河内国大県郡高井田村 |
御祭神 | 天湯川桁命、天児屋根命、大日霊貴命 |
社格 | 式内社、旧村社 |
例祭 | 7月17日、10月17日 |
天湯川田神社の概要
大阪府柏原市高井田に鎮座する式内社です。同じく高井田に鎮座する「宿奈川田神社」と対になる神社です。
社伝によれば景行天皇十九年(90年)の創建と伝えられています。
その他の由緒は詳らかでありませんが、当地に居住した「鳥取氏」が祖の「天湯河桁命」を祀ったのが当社と考えられています。
関係する氏族として『新撰姓氏録』に次の氏族が登載されています。
- 右京神別「鳥取造」(角凝魂命の三世孫、天湯河桁命の後)
- 山城国神別「鳥取造」(天角己利命三世孫、天湯河板挙命の後)
- 河内国神別「鳥取」(同神(角凝魂命)三世孫、天湯河桁命の後)
- 和泉国神別「鳥取」(角凝命三世孫、天湯河桁命の後)
この内、河内国に居住した人々が当社を奉斎したものと考えられます。
『倭名類聚抄』には河内国大県郡に「鳥坂郷」および「鳥取郷」が記載され、いずれも当地付近であると考えられています。
また和泉国日根郡には「鳥取郷」が記載されており、こちらは和泉国における鳥取氏の拠点と見られ、阪南市石田には鳥取氏が祖神を祀ったという「波多神社」が鎮座しています。
このように鳥取氏は河内国大県郡と和泉国日根郡を本拠としていた氏族だったことが窺えます。
また河内国大県郡、現在の大阪府柏原市の大和川右岸側の山麓あたりに、飛鳥時代から奈良時代にかけて「智識寺」「山下寺」「大里寺」「三宅寺」「家原寺」「鳥坂寺」の六寺院があり、総称して「河内六寺」と呼ばれています。
この内の「鳥坂寺」の塔は当社境内にあり(金堂や講堂は丘の麓にあったという)、鳥取氏の氏寺として創建されたことが考えられます。
「鳥坂寺」はかなり早い時期(奈良時代末期頃か)に廃寺になったと見られ、発掘調査によれば当社は鳥坂寺の塔がなくなった後に現在地に造営されたと確認されており、その頃に創建されたか、或いは別の地から遷座したものと思われます。
当社の御祭神であり鳥取氏の祖である「アメノユカワタナ(天湯河桁 / 天湯河板挙)」について、『日本書紀』垂仁天皇二十三年条では次のような描写が記されています。
『日本書紀』(大意)
垂仁天皇の御子、誉津別命は三十歳になっても喋ることができないでおり、天皇は大変案じていたが、ある日誉津別命が白鳥を見かけると「あれは何だ」と言葉を発した。喜んだ天皇はこの鳥を捕まえるよう命じ、名乗り出た天湯河板挙が出雲で(或いは但馬で)その鳥を捕まえた。その鳥を献じて誉津別命に遊ばせたところ遂に言葉を得られ、天皇はこれを賞して天湯河板挙に鳥取造の姓を賜い、また鳥取部・鳥飼部・誉津部を定めた。
なお『古事記』では誉津別命はこの時点ではまだ言葉を発するようにならず、出雲の神の祟りとして神殿を建てて参拝するなどの一悶着ありますが、当記事では詳細は省略します。
このアメノユカワタナという人物について、これまで多くの学者がその役割を解明しようと試みてきました。
折口信夫は有名な「水の女」の論考において、水を浴びて心身を若返らせる行為を「禊」とし、その水を「湯」、その湯を浴びるための場所を「ゆかはたな」と呼んだと説き、アメノユカワタナに白鳥を追いつつ禊を行う人物像を想定しています。
一方で谷川健一は「湯」とは溶鉱炉で溶かした金属のことで、金属の精錬に関する人物だと説いています。
この点、近隣に「金山彦神社」(青谷地区に鎮座)「金山媛神社」(雁多尾畑地区に鎮座)や「鐸比古鐸比賣神社」(大県地区に鎮座)など金属に関連する式内社があるのは示唆深いと言えるかもしれません。
境内の様子
境内入口。当社はJR大和路線と近鉄大阪線の交差する地点の丘の上に鎮座しており、麓の社号標からは長い石段が続いています。
石段を上り切ったところに鳥居が南向きに建ち、その先は社殿等の建つ非常に広い空間となっています。
社殿の規模の割に樹木の無い空間が異様に広いため、やや殺風景な印象も。
石段上の右側(東側)にささやかな手水鉢が置かれてあります。
この空間の正面奥に社殿が南向きに並んでいます。
拝殿は真っ白なRC造で銅板葺の平入入母屋造。桁行方向にかなり長い建築となっています。
拝殿前に配置されている狛犬は花崗岩製の真新しいもの。ギョロッとした目に迫力を感じます。
そして拝殿前の右側(東側)には、記紀におけるアメノユカワタナの活躍に因み白鳥の石像も置かれています。
拝殿後方に塀に囲まれて朱塗りの鮮やかな銅板葺・一間社流造の本殿が建っています。
社殿の右側(東側)の空間に三社の境内社が南向きに鎮座しています。
鳥居が建ち、その奥に左側(西側)から「古野明神社」「三王権現社」「平戸明神社」がそれぞれ鎮座。
社殿は中央の三王権現社が銅板葺の一間社流造、両側の二社が銅板葺の妻入切妻造。
境内社群の脇に注連縄の掛けられた石があります。
祭祀の対象なのでしょうか。
社殿の左側(西側)には戦没者を慰霊するための仏塔(二重塔)が建てられています。
明治百年を記念したと石碑にあるので1968年に建てられたようです。
由緒
案内板
延喜式内社 天湯川田神社
案内板
式内 天湯川田神社
案内板
天湯川田神社の伝説
案内板
鳥坂寺塔跡
『河内名所図会』
地図
関係する寺社等
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