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明神祠 (京都府京都市北区大森東町)

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社号 明神祠
読み みょうじん
通称
旧呼称
鎮座地 京都府京都市北区大森東町
旧国郡 山城国葛野郡東河内村
御祭神
社格 式内論社
例祭

 

明神祠の概要

京都府京都市北区大森東町に鎮座する小さな祠です。

当社の創建・由緒、御祭神は詳らかでありませんが、式内社「墮川御上神社」を当社に比定する説があるようです。

当社を「墮川御上神社」とするのは、「大森賀茂神社」と同様に、式内社「墮川神社」の論社である「岩戸落葉神社」の上流側に鎮座するからのようです。しかし、そもそも岩戸落葉神社が式内社である根拠は薄く、もしそれが否定されれば、当社も式内社とするのは否定されることになりましょう。

都から比較的近い地とはいえ、山間の川筋の上流部であり深山幽谷の趣があります。当社については全くといっていいほど詳細がわかりませんが、どのような神が祀られてきたのかは気になるところです。

 

境内の様子

境内入口。清滝川と下付谷川の合流する地点にある森の中にあります。鳥居や灯籠は無く、下付谷川を渡る小さな橋のみがあります。

 

橋を渡った先にひっそりと佇む小さな祠が当社です。杉林に囲まれており、一応は管理されているようですが、少しでも放置すればすぐに荒廃してしまいそうな雰囲気があります。

 

祠は覆屋に納められた見世棚の流造。祠には蛇の置物と虎の玩具が置かれています。蛇の置物があることから宇賀神的な蛇神が祀られているのでしょうか。

 

境内の横を流れる清滝川。川の合流部という立地からしても水神的な神格はあるのかもしれません。

 

この地は清滝川沿いの集落の最奥部で、この先はキャンプ場がある他はひたすら森となっています。この辺りの森は熊も出るようです。参拝の際は気を付けましょう。

 

当社の手前側には集落もあり、古めかしい町並みもよく残っています。丹波に近い山城国の山間部の昔ながらの光景を今に伝えています。

 

中でも「椋本家住宅」は江戸時代末期の家屋が残っており、京都市指定有形文化財となっています。この地方に一般的だった家屋を今に伝える貴重な建築として価値の高い家屋です。

案内板「椋本家住宅」

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京都市有形登録文化財

椋本家住宅

椋本家の現主屋は、過去帳の記載によれば、嘉永3年(1850)の火災により焼失したのを翌4年に再建したものであり、また米蔵は、天保15年(1844)に大工茂兵衛により建築されたことが、木槌の墨書から明らかとなる。この後、明治30年代から末期にかけて屋敷の改造がなされたようで、大正初年にはほぼ現在みる姿となったものと判断される。

主屋は、京都府中部から福井県南部、滋賀県西部にかけての山間部に分布する北山型に属し、妻入で、内部は棟行方向に2分されて各室が2列に並ぶ。ただ、間取りが整形となり、また柱間装置が開放的となるなどの点に、時代的特徴がみられる。

この住宅は、江戸時代後期における当地方の一般的な住居として貴重なものであり、また建築経過が明らかで、その後の変遷もある程度判明する点は注目される。

平成元年4月1日 登録
京都市

 

タマヨリ姫
小さな神社だね!ここも式内社だって話もあるみたいだけど、それにしては物寂しいような。
式内社「墮川御上神社」についてはここの他に「大森賀茂神社」に比定する説もあるけど、一方で廃絶したって説も有力ね。この神社については殆ど何もわからないわ。
トヨタマ姫

 

地図

京都府京都市北区大森東町

 


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