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大歳神社 (京都府京都市西京区大原野灰方町)

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社号 大歳神社
読み おおとし
通称 栢の社 等
旧呼称
鎮座地 京都市西京区大原野灰方町
旧国郡 山城国乙訓郡灰方村
御祭神 大歳大神 、石作神、豊玉姫命
社格 式内社、旧郷社
例祭 10月21日

 

大歳神社の概要

京都市西京区大原野灰方町に鎮座する式内社です。『延喜式』神名帳には大社とあり、古くは有力な神社だったようです。

当社の創建は養老二年(718年)二月と伝えられています。境内は「栢の森」と呼ばれ、また当社は「栢の社」とも呼ばれています。

当社の由緒は詳らかでありませんが、社名の通り「大歳神」を主祭神としています。大歳神は『古事記』では須佐之男命と神大市比売の御子であるとする一方、民間では毎年正月にやってくる来訪神であり、また穀物の実りを司る豊饒神ともされる神です。当社も乙訓地域の農作物の実りを願って大歳神が祀られたのかもしれません。

一方で『延喜式』神名帳では当社は「向神社」の次に記されています。向神社は現在の「向日神社」で、当社の東方の向日市向日町北山に鎮座しており、向日神社の主祭神である「向日神」とは大歳神の御子である「御歳神」であるとされています。とすると、向神社(現・向日神社)と当社は同じ氏族が一体的に祀ったものだった可能性も考えられます。

石作神社

当社は式内社の「石作神社」を合祀しています。旧地は大原野石作町の「早尾神社」とも、同じく大原野石作町の「八幡宮」とも言われていますが、詳細は不明で、合祀に至った事情も詳らかでありません。

当社は石作町付近に居住していた「石作氏」が祖神を祀ったのが創建と考えられます。『新撰姓氏録』に次の氏族が登載されています。

  1. 左京神別「石作連」(火明命の六世孫、建真利根命の後)
  2. 山城国神別「石作」(火明命の後)
  3. 摂津国神別「石作連」(同神(火明命)の六世孫、武椀根命の後)
  4. 和泉国神別「石作連」(火明神の子、天香山命の後)

いずれも同族で、この内2の氏族が当社を奉斎したのでしょう。また1の記事には垂仁天皇の御世に皇后の日葉酢媛命の為に石棺を作り献上したので石作大連公の姓を賜ったと記されています。このことから石作氏は石棺を作ることを職能としたことがわかります。

ただし、石作町の地質はこれといった特徴の無さそうな付加体であり、加工に適した石材が採取できるような土地ではないように思えます。石材の集積地という地にも思えず、何故この地に石棺造りの専門家たる石作氏が居住したのかについては今後の研究に俟たれるところでしょう。

 

境内の様子

境内入口。境内の左右は鬱蒼と樹木が茂っており、この境内の森は「栢の森」と呼ばれています。

 

入口には二基の鳥居が建てられています。鳥居に掲げられている扁額は青地にピカピカの金の文字となっていて大変目を引くもの。

 

鳥居をくぐると左側(西側)に真新しい舞殿があります。

京都府では拝殿と舞殿が一体化したようなものが多い(当サイトでは「舞殿風拝殿」と呼ぶ)のですが、当社ではこのように拝殿とは別に独立した舞殿があります。

当社の祭日である10月21日には江戸中期より金剛流家元により能が奉納されており、この舞殿がその舞台となっているのでしょう。

 

拝殿の右側(北側)に手水舎があります。

 

拝殿や手水舎のある手前側の空間と社殿の建つ後ろ側空間は透塀と中門で仕切られています。これもまた京都府ではやや珍しい構造です。

 

中門をくぐると南向きの社殿が建っています。拝殿は京都府でよく見られる舞殿風拝殿に近いものですが、床が無く土間となっている点が大きな特徴です。

 

本殿は銅板葺きの一間社流造。赤い瑞垣に囲まれているのが印象的です。また、本殿前には幣殿が設けられており機能的にはこれが拝所となっています。

 

本殿前の狛犬。

 

本殿の右側(東側)には多くの境内社が並んで鎮座しています。

 

境内社群の左側(南側)の祠は「天満宮社」で、単独で独立した覆屋に納められています。

 

天満宮社の左側には四社の境内社が一つの覆屋に納められています。右側から「稲荷社」、「向日社」、「西ノ宮社」、「春日社」。

 

奥側にも祠が鎮座していますが、こちらは社名・祭神等は不明。

 

拝殿の右側(東側)には「遥拝所」があります。恐らく伊勢神宮へのものでしょう。

壇上に石が置かれてあり、まるで影向石のような趣が感じられます。

 

当社は洛西ニュータウンのすぐ近くですが、当社付近はこのように田畑の広がる光景が広がっています。

京都近郊は都市に近いだけあって多くが開発されてしまったものの、まだまだ長閑な景色は残っているようです。

 

タマヨリ姫
大歳神社って結構見かける気がする!式内社でも他にあったような。
兵庫県の播磨地方ではかなりよく見かけるわね。式内社だと摂津国住吉郡の「草津大歳神社」や大和国高市郡の「大歳神社」があるわ。出雲系の神様とも言われてる一方で、年に一回訪れる豊饒の神様とも言われているのよ。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板「大歳神社の由緒」

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大歳神社の由緒

祭神は大歳神で養老二年二月の創建と云ふ。延喜式神名帳に記され、山城國鎮座社の内大社に列せられていた。この境内は栢の森と称し社を栢の社とも云ふ。農耕生産の神、ひいては方除祈雨にも霊験ありと知られ当地方の守護神である。相殿に石作神と豊玉姫命を祀ってある。石作神に代々石棺などを造っていた豪族の祖神であり、火明命の後裔である。垂仁天皇の后、日葉昨姫命おかくれの時、石棺を献上し石作大連公の性を賜った。

石作連を祀った石作神社は延喜式神明帳に記され、貞観元年従五位下に昇格している。

大日本史に石作神社今灰方村大歳神社内にありと記され、石作氏衰微後、当社に合祀さられたものである。石作神は昭和四十九年六月愛知県岡崎市に建立の石工団地神社に分神す、豊玉姫命は海人であり彦火日出見命の后である。例祭は十月二十一日、氏子祭は十月第三日曜に行い、江戸中期より引続き金剛流家元による奉納舞あり。

大歳神社系

┏天照大神
┗素盞嗚命┳┳大歳神(当社奉祀)━向日神(向日神社奉祀)
␣大市比売┛┗宇賀之御霊神(稲荷大社奉祀)

案内板「由緒」

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由緒

当社は養老二年二月の創建と伝える。延喜式に、乙訓郡大歳神社(大 月次新嘗)とあり式内大社である。祭神は大歳神で、相殿に石作神・豊玉姫命を祀っている。

大歳神は農耕生産の神、ひいては方除け・祈雨にも霊験ありとして知られ当地方の守護神である。

石作神は大日本史巻之二に、石作神社(今灰方村大歳神社内)に在りとあって、火明命の子孫で代々石棺などを作っていた古代氏族の祖神である。

豊玉姫命は鸕鶿草葺不合尊の御母に当る。

境内の森を栢の森と称し、当社を栢の社とも言って、古来和歌にも詠まれている。例祭は十月二十一日で、江戸中期より引き続き金剛流家元によって当日能が奉納されている。飛地境内社には、石作町鎮座早尾神社、出灰町鎮座住吉神社がある。

当社神系

┏天照大神
┗素盞嗚命┳┳大歳神(当社奉祀)
␣大市比売┛┗宇賀之御霊神(稲荷大社奉祀)

都名所図会

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栢社は灰方の南林の中にあり。祭る所は大歳神にして向日社地主神の御母なり。例祭は九月廿一日。拝殿において□あり。この所の産砂とす。

 

地図

京都市西京区大原野灰方町

 


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