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高天岸野神社 (奈良県五條市北山町)

社号 高天岸野神社
読み たかまきしの
通称
旧呼称 岸野弁才天 等
鎮座地 奈良県五條市北山町
旧国郡 大和国宇智郡北山村
御祭神 高天岸野神
社格 式内社、旧村社
例祭 12月1日

 

高天岸野神社の概要

大和国宇智郡北山村に鎮座する式内社です。

当社の創建・由緒は詳らかでありません。

当社の背後に聳え立つ金剛山はかつて「高天山」と呼ばれ、当社の社名にある「高天」とは金剛山を指していると考えられます。

同じ宇智郡の式内社には「高天山佐太雄神社」(金剛山地の神福山の山頂に鎮座)、また葛上郡の式内社には「高天彦神社」(金剛山の東麓、御所市北窪に鎮座)があり、いずれも金剛山に因む神社であると推測されます。

当社は金剛山地の南側の中腹、かなり山深い地に鎮座しており、集落はおろか人工物さえ殆ど無いような地に立地しています。

多く集落の中や近隣に鎮座している式内社の中では異例の立地と言えます。

当社は江戸時代には「岸野弁才天」と称し、その名の通り弁才天を祀っていたようで、麓にある高野山真言宗の寺院「岸野山草谷寺」の奥の院ともされていたようです。

現在の御祭神は「高天岸野神」で、社名と同じ神名となっています。

当社の神格は明らかでなく、社名とその立地から金剛山と関係の深い山岳信仰の神社であると微かに窺える程度です。

 

境内の様子

高天岸野神社

当社は金剛山地の南側の中腹、かなり山深い地に立地しています。地図にも載っていない細い山道を登っていくと唐突に当社の鳥居が見えてきます。

当社への行き方は極めて分かりづらく、ネット上でもアクセス情報が乏しいため、後程詳しい行き方を紹介します。

まずは当社の紹介から。

 

鳥居の前で立った様子。手前側は崖となっておりかなり狭いため鳥居の全体像を撮るのは極めて困難です。

鳥居は朱塗りの両部鳥居で南向きに建っています。鳥居の後方は石段が続いています。

 

石段上から鳥居を見た様子。山深い地ですが、周囲の木々は細い杉ばかりの人工林です。

 

石段を上って行くと右側(東側)の石垣上に建物が見えてきます。

その手前側には大きな切り株があり、傍らに立つ石碑には「一本杉の跡 樹令参百五拾年 周囲四米七拾糎」と刻まれています。

どうやら枯れてしまったようですが、細い杉に囲まれた中で特に大きく目立っていた杉だったのでしょう。

 

高天岸野神社

石段を上りきると右側(東側)にちょっとした空間があり、そこに銅板葺・一間社春日造の本殿が南向きに建っています。

そう古くない建築に見えますが、山奥にこのような建物を建てるのはさぞや大変な作業だったのではと察せられます。

 

本殿の手前側(南側)にはこのような波型スレート屋根の平入切妻造の建物が建っています。石段から見えていた建物はこれです。

形式的には拝殿ということになるのでしょう。本殿側は壁が設けられておらず開放的な構造になっており、神事等はこの建物で行われるのでしょう。

 

この建物を石段から見た様子。石垣を築いた上に建てられており、すぐ南側は崖となっています。

奈良県ではこのように崖の側に拝殿を設け、動線上参拝に寄与しない例がしばしば見られます。

 

石段上の左側(西側/本社本殿と反対側)には境内社が東向きに鎮座しています。手持ちの資料には境内社に「荒神社」とあるのでこれが恐らくそうなのでしょう。

社殿は鉄板葺(?)の春日見世棚造。

 

高天岸野神社への行き方

当社は極めてアクセス困難な地に鎮座しており、ネット上にも詳しい情報は殆ど無いため、ここで当社への行き方を紹介します。

 

「五條市5万人の森公園」から北西900mほど、斜面上の集落を東西に結ぶ道の途中に登山道が伸びています。ここが当社へのアクセスの起点になります。

下にGoogleストリートビューを貼り付けておきます。

 

或いは、そこから南東へ少し進んだところの法面上にガードレール付きの坂があり、こちらからでもアクセス可能です。上述の登山道と途中で合流するのでどちらから登っても問題ありません。

こちらも下にGoogleストリートビューを貼り付けておきます。

 

ここからしばらくはひたすら山道です。基本的には道なりに進んで問題ありませんが、一ヶ所だけ二又に分かれており少しややこしい地点があります。ここは右へ進みます。(左は恐らく行き止まり)

 

山道を登って行くと唐突に開けた場所に出ます。不思議なことにこのような山の中腹に棚田があるのです。

 

棚田の畦道を登って行って振り返ると吉野川沿いに展開する五條市の街並み、さらにその奥に広がる紀伊山地が展望でき、素晴らしい眺めを楽しむことができます。

そしてこの棚田は休耕田ではなく現役で作付けされているようです。車の乗り入れや農耕機械などの搬入が難しそうな極めて不便な地でありながら今でも作付けされているとはかなり貴重な光景ではないでしょうか。

 

この棚田の左奥(北西側)に山道が伸びているのでそこを進んでいきます。この山道は国土地理院の地図ですら記されていない道なので心して進みましょう。

筆者の参拝時は倒木もいくつかあったので猶更のことご注意ください。

 

山道の途中で分岐があり、木の根元に「高天岸野神社」と記された標があります。この標は絶対に見落とさないようにしてください。

この標に従い左側の道を進んでいくと、最初の写真のように当社の鳥居が見えてきます。

 

再度申し上げますが、この道は国土地理院の地図にも記されていない道であり、当社は到達難度の高い神社です。

もし参拝される場合はある程度の経験を積んだ上、入念の準備をした上でご参拝ください。

 

岸野山草谷(そうこく)寺

上記の山道の起点から道を下ったところに高野山真言宗の寺院「岸野山草谷寺」があります。

役行者の創建と伝えられ、桟瓦葺・宝形造の本堂を有する寺院で、薬師如来を本尊としています。多くの仏像を安置しており、「木造薬師如来立像」「木造薬師如来坐像」「木造不動明王坐像」は国指定重要文化財となっています。

高天岸野神社は当寺の奥の院とされたとも言われています。

案内板「草谷寺(北山町906)」

+ 開く

草谷寺(北山町906)

高野山真言宗。本尊・薬師如来。岸野山と号する。本堂は方形造桟瓦葺。本尊は、薬師如来坐像で脇侍は日光・月光菩薩立像。ほかに聖観音立像・不動明王坐像・薬師如来立像・十二神将像・不動明王立像・大日如来坐像・弘法大師坐像・地蔵菩薩立像・役行者像・愛染明王像などを安置する。役行者像には「和州岸野山草谷寺 現住光範造立 施主新城源八窪田伝助・中ノ村彦四郎 元禄七庚寅年(1694)二月吉曜日」と銘がある。重要文化財として、薬師如来坐像(像高85.9糎)と薬師如来立像(像高157.5糎)、不動明王坐像(像高85糎)がある 聖観音立像は市指定文化財である。

 

タマヨリ姫
うわー、すごい山の中にあるんだね!参拝するのも大変だ。ふえぇ…
国土地理院の地図にも載っていないような山道を通ることになるから、参拝の際は入念の準備を忘れずにね。
トヨタマ姫

 

地図

奈良県五條市北山町

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