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都祁山口神社 (奈良県奈良市都祁小山戸町)

社号都祁山口神社
読みつげやまぐち
通称
旧呼称小山戸明神、豊受大神宮、上山宮 等
鎮座地奈良県奈良市都祁小山戸町
旧国郡大和国山辺郡小山戸村
御祭神大山祇神、大國主命
社格式内社、旧村社
例祭10月25日

 

都祁山口神社の概要

奈良県奈良市都祁小山戸町に鎮座する式内社です。『延喜式』神名帳には大社に列せられ、古くは有力な神社だったようです。

『延喜式』神名帳の大和国・山城国には「○○山口(坐)神社」と称する神社が15社記載されており、その中の一つが式内社「都祁山口神社」です。

他の「○○山口(坐)神社」と同様、水源となる山間の地に山の神を祀り国家的に管理・祭祀したものと考えられます。

「○○山口(坐)神社」は全て『延喜式』臨時祭の祈雨神祭八十五座に加えられており、このことからも「○○山口(坐)神社」が水を司る神として朝廷から重視されたことが窺えます。

『延喜式』祝詞の祈年祭に飛鳥、石村、忍坂、長谷、畝火、耳無の各山口神社はその山の木材を伐り出し宮殿とした旨が記されており、「○○山口(坐)神社」は用材の産地として樹木を守護する神でもあったことが考えられます。

特に式内社「都祁山口神社」は奈良盆地の東方、大和高原にある都祁地域の山を水源の地、また用材の産地としてその守護神たる山の神を祀ったものでしょう。

天平二年(730年)の『大和国正税帳』にも当社が記載され、「都祁 神戸 稲136束 租10束1把 合146束1把 46束1把祭神に用う 残り142束1把」と記されています。

 

一方、当社は都祁友田町に鎮座する「都祁水分神社」の旧地であるとも伝えられています。

応永三十一年(1424年)に成立した「都祁水分神社」に伝わる『水分大明神垂迹記』『老翁傳』という文書によれば、伊勢の人が五十鈴川の水の入った壺を大和国の境で開けたところ二体の白龍となり、一体が小山戸の地に降りたのでこの地に祀ったとすること、そしてその後に道が狭いために現在地へ遷座したことが記されています。(詳細は「都祁水分神社」の記事を参照)

これに因み「都祁水分神社」は「下山宮」と呼ばれたのに対し当社は「上山宮」と呼ばれたといい、かつては「都祁水分神社」から当社へ神輿の渡御があったと伝えられています。

この件に関して大正三年(1914年)に刊行された地誌『大和志料』は、これは誤りであり、「都祁山口神社」と「都祁水分神社」は全く別の神であるため混同すべきでなく、「都祁水分神社」の旧地とは当社でなく域内の「水分仮宮」であるとして強く批判しています。

ここに言う「水分仮宮」とは上述の神輿渡御の祭礼において神輿を駐めるために設けたもので、神社ではないようです。

そして『大和志料』は「都祁水分神社」の隆盛するに従い当社は衰微し、「水分仮宮」が境内の正面を占めて当社はその傍らに追いやられ、「豊受大神宮」と称して末社のような扱いになったのであろうとしています。

またこのかつての呼称「豊受大神宮」について、『大和志料』はいかなる理由であるかは不明としながらも、「都祁水分神社」が伊勢神宮の内宮の分身であるとする伝承(『水分大明神垂迹記』『老翁傳』に記載)によるものではないかと推測しています。

 

このように当社については「都祁水分神社」と非常に密接な関係があり、同社が都祁地域における中心的な地として後世に非常に勢力を伸ばしたために同社に取り込まれた可能性があります。

しかしそれだけでは当社(厳密には水分仮宮?)にまで神輿の渡御があったことを説明することが出来ず、より古くから当社と「都祁水分神社」の間に強い関連性があったことも考えられます。

『延喜式』神名帳に見える「○○水分神社」と「○○山口(坐)神社」はいずれも朝廷が国家的に山を水源の地として祭祀したものと考えられ、都祁地域において水源を司る両社が結びついたことも考えられるかもしれません。

或いは年代こそ違えど実際に小山戸が旧地であり、式内社「都祁山口神社」を他に求めるべきとする考えも排除できないでしょう。

なお、江戸時代の地誌『大和志』は式内社「都祁山口神社」を当社でなく山口村の神社(現在の天理市杣之内町に鎮座する「都祁山口神社」)に比定しています。ただ、この説は当該神社が都祁地域から遠く離れている点に疑問があると言わざるを得ません。

 

伝承の言うように当社が「都祁水分神社」の旧地なのか、はたまた『大和志料』の言うように本来は別々の神社だったのが後から関係を持つに至ったのか、明らかにすることは難しいでしょう。

ただ当地が古い信仰の地であることは間違いなさそうで、境内の背後の山上には「御社尾(ゴシャオ)」と呼ばれる巨岩があり、伝承ではこの岩に件の白龍が降臨したとも言われています。

現在の都祁地域における信仰の中心が「都祁水分神社」とすれば、当社は都祁地域における信仰の根源的な地と言えるのかもしれません。

 

境内の様子

当社は都祁小山戸町の集落の南方、縦割山の北麓に鎮座しています。

境内の北側に入口があり、石段上に鳥居が北向きに建っています。

 

鳥居の手前側に配置されている狛犬。材質は恐らく花崗岩。

 

鳥居をくぐった様子。

杉の多い社叢の中を砂利敷の参道がまっすぐ伸びています。

 

参道を進むと右側(西側)に手水舎が建っています。

 

手水舎のさらに奥側に、桟瓦葺・平入切妻造で中央が段違い屋根となっており、そこが通路になっている建物があります。

この建物を割拝殿と呼ぶべきか神門と呼ぶべきかは微妙なところ。後述のように奥にもう一棟拝殿があるものの、大和国では類似の割拝殿がしばしば見られることから、ここではそれに倣ってこれを仮に”割拝殿”としておきます。

 

”割拝殿”の通路をくぐった様子。建物と崖に囲まれた方形の空間となっており、正面奥の基壇上に社殿が北向きに並んでいます。

 

参拝時は何らかの工事が行われていたようで、境内にある狛犬や灯籠などの石造物が境内の隅に一ヶ所にまとめられていました。

 

正面奥、石段の上に建つ拝殿は桟瓦葺・妻入入母屋造で、京都に多い舞殿風拝殿のような構造。

当地を旧地だと伝える都祁友田町の「都祁水分神社」も社殿配置が山城国南部と共通していたので、同様に山城方面の影響を受けているのかもしれません。

 

拝殿後方に銅板葺・一間社春日造の朱塗りの本殿が建っています。

 

本社拝殿の左側(東側)に境内社が北向きに鎮座。社名・祭神は不明。

社殿は銅板葺・一間社春日造に朱塗りを施したもの。

 

本社社殿の右側(西側)に池があり、その中の島に境内社が東向きに鎮座しています。社名・祭神は不明ですが、その立地から恐らく弁才天か市杵島姫命を祀っているものと思われます。

社殿は基壇上に建ち、トタン葺の春日見世棚造に朱を施したもの。

 

この池の側の崖に石段が伸びており、ここから山上にある「御社尾」と呼ばれる岩石へ行くことができます。

 

「御社尾」へ向かう道の様子。山上にあるので完全に山道となっています。

 

途中、「都祁直霊石」と刻まれた石碑が建っています。

都祁(闘鶏)直(ツゲノアタイ)とは多氏と同系で当地を支配したとされる氏族であり、一説に当社や都祁友田町の「都祁水分神社」を奉斎したともされる氏族ですが、この石碑の詳細は不明。

 

さらに道を上っていくと鳥居が見えてきます。

 

ややわかりにくいものの、鳥居の背後に「御社尾(ゴシャオ)」と呼ばれる岩石があり、磐座であるとされています。

伝承では白龍がここに降臨したのが都祁友田町の「都祁水分神社」の創建だとされています。

 

タマヨリ姫
あれ、ここは式内社だけど別の式内社が元々あったところでもあるの?
伝承ではそのようになっているわね。どこまでが史実かはわからないけれど、両社の力関係を反映してるのかもしれないわ。
トヨタマ姫

 

由緒

案内板

式内大社 都祁山口神社

+ 開く

御祭神

大山祇神
大国主命

本社

都祁村大字小□戸字カモエ谷

当社は古代闘鷄の国の鎮守として奉祀され、大和の国の一四所山口神の一つで、都祁村の山霊を記る。天平二年(七三〇)の大倭国正税帳(正倉院文書)に「都祁神戸」、大同元年(八〇六)牒(新抄格勅符抄)「都祁山口神一戸大和」とあり、当社をさすのである。

同所に祀られていた都祁水分神社は、天禄二年(九七一)九月二十五日に友田の阪窪山に移され祀られている。

当社神主職は神八井耳命の子孫都祁直の末裔と伝え、貞観年間より藤原氏を称した。以来父子相継ぎ、小山戸殿とも称せられ、暦応年中(一三三八-四二)伊勢の北畠氏に属して北と改姓、大乗院小山戸庄の下司職をも兼帯したという。

戦国の争乱によって神社は衰退したが、北左京之進が寛永年中(一六二四-四四)に郷民を勧めて社殿を造立した。延喜式にも、国が祭を司る神社として記録されている。

明治四十一年(一九〇八)に大字相河の丸山に祀られていた國津神社と合併のうえ合祀されている。

又、本殿の裏山にゴシャオ(御社尾)とよばれる巨岩があり、古代より磐座として崇敬され、当社の歴史を示すものである。

都祁村教育委員会

 

地図

奈良県奈良市都祁小山戸町

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