1.大阪府 2.河内国

天湯川田神社 (大阪府柏原市高井田)

更新日:

社号 天湯川田神社
読み あまゆかわた
通称
旧呼称 川田大明神、春日社 等
鎮座地 大阪府柏原市高井田
旧国郡 河内国大県郡高井田村
御祭神 天湯川桁命、天児屋根命、大日霊貴命
社格 式内社、旧村社
例祭 7月17日、10月17日

 

天湯川田神社の概要

大阪府柏原市高井田に鎮座する式内社です。同じく高井田に鎮座する式内社、宿奈川田神社と対になる神社となります。

社伝では景行天皇十九年(90年)の創建と伝えられています。その他の由緒は詳らかでありませんが、当地に居住した鳥取連が祖神の天湯河桁命を祀ったと考えられています。『新撰姓氏録』の河内国神別に鳥取が記載される他、『倭名類聚抄』の河内国大県郡に鳥坂郷および鳥取郷が記載され、当地付近であると考えられています。和泉国日根郡の鳥取郷(大阪府阪南市)にもやはり鳥取氏が祖神を祀ったという式内社「波多神社」が鎮座しており、当地と共に鳥取氏の重要な拠点だったようです。当社境内に鳥坂寺の塔跡が発見されており、鳥取氏の氏寺だったかもしれません。

天湯河桁命(天湯河板挙)について、『日本書紀』では次のような物語が描かれています。垂仁天皇の御子、誉津別命は三十歳になっても喋ることができないでおり、天皇は大変案じていたが、ある日誉津別命が白鳥を見かけると「あれは何だ」と言葉を発しました。喜んだ天皇はこの鳥を捕まえるよう命じ、名乗り出た天湯河板挙が出雲で(或いは但馬で)その鳥を捕まえました。その鳥を献じて誉津別命に遊ばせたところ遂に言葉を得られ、天皇はこれを賞して天湯河板挙に鳥取造の姓を賜い、また鳥取部・鳥飼部・誉津部を定めました。(『古事記』では誉津別命が言葉を発するようになるまでもう一悶着ありますがここでは省略。)

天湯河板挙という人物について、これまで多くの学者がその役割を解明しようと試みてきました。折口信夫は有名な「水の女」の論考において、水を浴びて心身を若返らせる行為を「禊」とし、その水を「湯」、その湯を浴びるための場所を「ゆかはたな」と呼んだと説き、天湯河板挙に白鳥を追いつつ禊を行う人物像を想定しています。一方で谷川健一は「湯」とは溶鉱炉で溶かした金属のことで、金属の精錬に関する人物だと説いています。この点、近隣の式内社に金山孫神社・金山媛神社や鐸比古鐸比賣神社があるのは示唆深いと言えるかもしれません。

 

境内の様子

境内入口。JR大和路線と近鉄大阪線の交差する地点の丘の上に鎮座しています。社号標からは長い石段が続いています。

 

石段を上り切ったところに鳥居が建ち、その先に社殿の建つ広い空間が広がっています。社殿の規模の割に樹木の無い空間が異様に広いため、やや殺風景な印象も。

 

石段上の右側(東側)にささやかな手水鉢が置かれてあります。

 

社殿は南向き。拝殿は平入の入母屋造でコンクリート造となっています。

 

拝殿前の狛犬は真新しいもの。ギョロッとした目に迫力を感じます。

 

そして拝殿前の右側には、記紀における天湯河桁命(天湯河板挙)の活躍に因み白鳥の石像も置かれています。

 

本殿は朱塗りの鮮やかな一間社流造。

 

社殿の右側(東側)に三棟の境内社が鎮座しています。左から「古野明神社」、「三王権現社」、「平戸明神社」。

 

境内社群の脇に注連縄の掛けられた石があるのがちょっと気になるところ。

 

社殿の左側(西側)には戦没者を慰霊するための仏塔が建てられています。明治百年を記念したと石碑にあるので1968年に建てられたようです。

 

由緒

案内板「延喜式内社 天湯川田神社」

+ 開く

延喜式内社 天湯川田神社

祭神

天湯川桁命 アマユカワタケノミコト(河田明神)
天兒屋根命 アメノコヤネノミコト(春日明神)
大日霊貴命 オオヒルメムチノミコト(大宮明神。天照大神と同一神)

鎮座

人皇十二代景行天皇三十八年九月(日本書紀)
四十四代元正天皇 養老元年三月
四十五代聖武天皇 天平元年三月
四十九代光仁天皇 寶亀二年二月
御幸あり

天下大平武門繁栄万民豊楽

将軍源頼信、頼義、義家、当社を崇敬し橋の前より馬を下給ふ。

下官(伊勢神宮)の遥拝所四十末社の中に野依川田の社有り、又近江の国の甲賀郡にも天湯川田神社白坂神社二座を奉る。

河内の郡より例年一丈ほどの幣帛玉串を奉納其の地を玉串の里と謂う。

当社伝説に「物言はぬ皇子」
鳥取県のルーツは当社である。

藤原兼仲の歌

春日の日糸けき空を今朝見れば 河田の森は霞幾にけり

此の歌の心を或人は春日のとは春日大明神
空とは天照大神河田の森とは河田明神三座を一首に入れて詠む。

当社は白鳥と鹿を持って使者とする。

案内板「式内 天湯川田神社」

+ 開く

式内 天湯川田神社

御祭神

本殿 天湯川桁命
東の相殿 天児屋根命
西の相殿 大日霊貴命

御鎮座

第十二代 景行天皇十九年九月(西暦九十年)に勅命により祭祀されたと伝えられている。

祭日

七月十七日 十月十七日

天湯川桁命

第十一代垂仁天皇の皇子誉津別命は、壮年になっても言葉を話す事ができなかった。

ある日、大空を飛ぶ鵠(ハクチョウの古称)をみて、言葉を話し鳥の名を尋ねられた。天皇は天湯川桁命にこの鵠の捕獲を命じられた。

天湯川桁命は鵠の飛び去った方向を尋ね、遠く因幡の国(鳥取県)にて雌を捕らえ、また出雲国(島根県)にて雄を捕らえて、献上した。

皇子は鵠を大切に可愛がり、以後言葉をよく話すようになった。天皇は天湯川桁命の功績を賞し、鳥取の連(姓のこと)を賜った。

古事記に山辺之大(帝鳥)とあるのは、この神のことである。

(古事記・日本書紀)
堅下村誌より

案内板「天湯川田神社の伝説」

+ 開く

天湯川田神社の伝説

物言はぬ皇子

垂仁天皇の皇后狭穂姫の兄に當る狭穂彦王は、天皇を弑し奉り、自分が皇位に就きたいとの野心を持って、或る日、この大望を密かに皇后に打明け、猶一振りの短刀を手渡し
「これで天皇を一刺してください」
と頼み込んだ。皇后は、一人は脊の君であり、一人は血を分けた兄の事でもあり、中に立って狭穂姫皇后は途方に暮れてしまった。併かしそうした事を夢にも知らぬ天皇は、皇后の膝を枕に何の不安も無さそうに眠ってゐられた。皇后はこの和やかな天皇の寝顔を眺められた時、何の罪もない我が脊の君を兄の命令で指し奉らねばならぬかと思うと、急に悲しくなり、ハラハラと天皇のお顔の上に涙を落された。冷たい雫に目を覺まされた天皇は、ビックリしてその譯を訊ねられたので、皇后も今は包み切れず、兄さ狭穂彦の謀反を申し上げると、天皇は大層お怒りになって、直ちに討手の軍を狭穂彦王の方へ向けられた。皇后はこの時御懐妊中であったが、兄のことも気になるので、夜半密かに兄の城へ逃げ歸られた。そして、兄の城で皇子を御分娩になったが、皇后は天皇と兄とが敵味方になった今日、再び天皇のお側へ歸るのも如何かと思ひ、城に止まり兄と運命を共にする決心をした。けれど、産まれた皇子は天皇の御嫡流であり、今ムザムザと朝敵となった者共と一緒に、滅ぼしては天皇に申訳がないと思はれ、ある夜、ソッと可愛い皇子を城を取巻く天皇の軍勢にお渡しになった。天皇は、狭穂彦王を憎んでは居られたが、皇后を殊の外愛されてゐたし、又生まれたばかりの皇子の養育にも皇后の居らぬといふ事は何かにつけ不自由なので再三連れ出すように計られたが果たさず、遂に、皇后は兄命と共に城に火を放って、悲しい最後を遂げられた。天皇は母后を失はれた皇子に、譽津別命といふ名を付けられ非常に可愛がられたが、何うした事か皇子は一言も発せられなかった。天皇はこれを悲しまれて色々と手當をされたが、一向に効目がなかった。處が或る日の事、大空を翔ける白鳥の姿を見てゐた皇子は、初めて「あ…」と聲を立て、笑はれた。天皇は大變お喜びになって天湯河板擧といふ者を召し
「あの鳥を取って参れ、あの鳥さえあれば皇子は物を云ふだろう」
と命じた。天湯河板擧は早速命を奉じてこの鳥の跡を追って遂に出雲まで行き、やっとその白鳥を捕へて天皇に献上した。天皇は大に喜ばれ、その鳥を皇子に見せると、それから皇子は次第に物を言ふ様になったので、天皇は河板擧の功労を賞し、彼に鳥取造の姓を賜ったと云ふ。

中河内郡堅下村大字高井田天湯川田神社は即ち天湯河板擧を祭ってあるのである。又、宿奈川田神社は鏡を祀ってあると言ふ。

案内板「鳥坂寺塔跡」

+ 開く

鳥坂寺塔跡

天湯川田神社

ここは奈良時代に聖武・孝謙帝が巡拝した河内六寺の一つ「鳥坂寺」の塔跡で、昭和三六年の発掘調査で塔心礎と雨落溝が発見されました。塔心礎は基壇面よりも深く埋め込まれた地下式心礎で、一辺一、二メートル、厚さ六三センチの花崗岩製。柱穴の直径は底部で五〇、五センチ、深さ一四センチ、中央に径一〇、五センチ、深さ一五、五センチの円錐形の舎利孔があり、土層の観察から心柱を粘土で巻き、さらに木炭と小石混り土で互層に埋立ていることがわかりました。柱穴の大きさや心礎と雨落溝の距離からみて、塔は高さ約二〇メートルの三重塔で、七世紀中~後半にかけて建立されたものと推定されます。

一九九〇年三月

柏原市教育委員会

『河内名所図会』

+ 開く

天湯川田神社

延喜式出。高井田村の西にあり。この地の生土神とす。

 

地図

大阪府柏原市高井田

 

関係する寺社等

宿奈川田神社 (大阪府柏原市高井田)

社号 宿奈川田神社 読み すくなかわた 通称 白坂神社 旧呼称 白坂明神 等 鎮座地 大阪府柏原市高井田 旧国郡 河内国大県郡高井田村 御祭神 宿奈彦根命、高皇産霊命、級戸辺命 社格 式内社、旧村社 ...

続きを見る

御野縣主神社 (大阪府八尾市上之島町南)

社号 御野縣主神社 読み みのあがたぬし 通称 旧呼称 天日大明神 等 鎮座地 大阪府八尾市上之島町南 旧国郡 河内国河内郡上之島村 御祭神 角凝魂命、天湯川田奈命 社格 式内社、旧村社 例祭 10月 ...

続きを見る

波多神社 (大阪府阪南市石田)

社号 波多神社 読み はた 通称 旧呼称 鳥取大宮 等 鎮座地 大阪府阪南市石田 旧国郡 和泉国日根郡石田村 御祭神 角凝命、応神天皇 社格 式内社、旧府社 例祭 4月15日 式内社 和泉國和泉郡 波 ...

続きを見る


-1.大阪府, 2.河内国
-,

Copyright© 神社巡遊録 , 2019 All Rights Reserved Powered by STINGER.