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住吉大社境内社 (大阪府大阪市住吉区住吉)

お知らせ

住吉大社本社および大海神社については別記事にて紹介していますのでそちらも併せてご覧ください。

住吉大社の境内社

境内の鳥居側(西側)~南側の様子

住吉大社の境内西側(一の鳥居のある側)から南側の空間を見ていきます。

この区画は松林が広がり数多くの燈籠が配置されています。

 

龍社(御井殿社)

神門の手前を右側(南側)に進んでいくと、池の南東隅に南向きに「龍社」が鎮座。手水舎の側に鎮座しており「御井殿社」とも呼ばれています。

御祭神は水神である「水波野女神」。社殿は本瓦葺の妻入切妻造で朱塗りの施されたもの。

 

船玉社

龍社から通路を挟んですぐ東側に西向きに「船玉社」が鎮座。御祭神は「天鳥船命」「猿田彦命」。

社殿は檜皮葺の妻入切妻造で朱塗りの施されたもの。屋根に反りが無く、住吉造の一種と呼べるかもしれません。

式内社「船玉神社」は当社とされており、住吉大社に伝わる古文書『住吉大社神代記』では紀伊の志麻神(現在の「志麻神社」 / 和歌山県和歌山市中之島に鎮座)、静火神(現在の「静火神社」 / 和歌山県和歌山市和田に鎮座)、伊達神(現在の「伊太祁曽神社」 / 和歌山県和歌山市伊太祈曽に鎮座)の本社であると記されています。

一方で「船玉」「船霊」とは船の守護神として広く漁業や航海に携わっている人々に信仰されている民間の神で、古くは船の帆柱の根元に御神体(人形や銭、サイコロ等様々な形態がある)を納めたことが知られています。

一説にはこの「船玉」「船霊」を神社として祀ったのが当社であるとも考えられています。

 

市戎大国社

龍社・船玉社の南側に西向きに「市戎大国社」が鎮座。御祭神は「事代主神」「大国主神」。

銅板葺・平入切妻造に千鳥破風の付いた拝殿と、銅板葺流造の本殿を備えた社殿となっています。

商売繁盛の神で、毎年一月十日のお祭りの日には大いに賑わいます。

 

御田

境内の南側にある「御田」があり、毎年六月十四日に行われる「御田植神事」の会場となります。

案内板

国指定重要無形文化財

住吉大社の御田植

 

南門

住吉大社の境内南側の東寄りに「南門」が建っています。

これは住吉大社の中でも特に古い建築で、左右に伸びる「東楽所」「西楽所」と共に豊臣秀頼により慶長十二年(1607年)に造営されたもので国指定重要文化財

朱塗り銅板葺きの他の門と違い、こちらは素木の本瓦葺きの四脚門で重厚な印象を受ける建築となっています。

 

石舞台

南門をくぐったところ「石舞台」が設置されています。

四天王寺の石舞台、厳島神社の板舞台と並んで日本三大舞台の一つとされており、神事の際にはここで舞楽が奉納されます。

南門と同じく慶長十二年(1607年)のもので、こちらも国指定重要文化財

 

境内の奥側(東側)の様子

続いて本社の奥側となる境内の東側の空間を見ていきます。

松林の広がっている西側とは打って変わってこちらはクスノキが多く、しかも見事な巨樹があちこちに聳えており凛とした空間となっています。

第一本宮の左右それぞれに門があり、当記事では左側(北側)の門をくぐって時計回りに紹介していきます。

尚、東側の森へ入る門は16時で閉まってしまうので注意が必要。

 

住吉御文庫

第一本宮北側の門をくぐると左側(北側)に「住吉御文庫」があります。

享保八年(1723年)に書物商人が奉納した二階建の土蔵造の文庫で、蔵書は五万冊にも及び、「大阪最古の図書館」と称されています。

 

伊勢神宮遥拝所

第一本宮北側の門の正面に伊勢神宮遥拝所があります。奥行きの無い非常に簡素な祭祀施設となっています。

 

境内のクスノキ

境内東側の空間には大きなクスノキが複数あり、いくつかは鳥居と拝所が設けられています。

大阪市を中心とする各所ではクスノキに神聖な蛇がおられるという信仰が根強く、住吉大社では特に顕著に見られます。

木の根元の洞に神具が置かれてあり、今にも龍蛇の類がニョロっと出てきそうな雰囲気が漂っています。

 

楠珺社

こうしたクスノキの信仰の中でも特に著名なのが「楠珺(なんくん)社」。住吉大社の最も奥(東側)に北向きに鎮座しています。

御祭神は「宇迦魂命」で商売繁盛には殊にご利益があるとされ、「初辰さん」と称して毎月初の辰の日を縁日として多数の参拝客で賑わいます。

「初辰さん」の日は種貸社(後述)、当社、浅澤社(後述)、大歳社(後述)の順に参拝するのが習わしです。

 

当社の社殿は前方銅板葺・妻入の入母屋造に唐破風の付いた拝殿と、銅板葺・流造状の本殿覆屋(?)で構成されており、社殿前には鳥居が建っています。

また社殿の後方には御神木であるクスノキが聳えており、樹齢千年と言われている大変立派な木で、楠珺社の社殿とは別にクスノキを直接拝む鳥居と拝所が設けられています。

楠珺社の信仰は恐らくこのクスノキに宿る神を祀ったことに始まるものではないかと思われます。

 

高庫

第一本宮のすぐ裏側に二棟の「高庫」が並んでいます。

慶長十二年(1607年)に建立された板校倉造の蔵で国指定重要文化財

多くの神宝が収められていましたが、今は住吉文華館に移され、高庫は祭具収蔵庫となっているようです。

 

貴船社

楠珺社の南側に「貴船社」が北向きに鎮座。御祭神は「高龗神」。

社殿は本瓦葺の妻入切妻造で朱塗りの施されたもの。

 

立聞社

同じく楠珺社の南側、貴船社の右側(西側)に「立聞社」が北向きに鎮座。御祭神は「天児屋根命」。

社殿は本瓦葺の妻入切妻造で朱塗りの施されたもの。

長岡社」とも呼ばれ、かつては「春日社」とも呼ばれていたようです。

 

若宮八幡宮

西側へ回り込み、第一本宮本殿の南側にあたる地に「若宮八幡宮」が西向きに鎮座。

全ての材が角柱で構成された鳥居が建ち、その後方に本瓦葺・妻入切妻造で朱塗りの施された社殿が建っています。屋根に反りが無く、住吉造の一種と言えるかもしれません。

御祭神は「応神天皇」で、この人物は第四本宮に祀られる神功皇后の御子にあたり、住吉大神とも深い関係にあります。

毎年1月12日に行われる湯立神事が有名。

 

五所御前

第一本宮と若宮八幡宮との間に「五所御前」と呼ばれるものがあり、玉垣の内側に杉の木が聳えています。

神功皇后が住吉大神を祀る社地を探していた時、この杉に鷺が三羽飛来して止まったのでここを神の思召しの地として鎮座の地としたと伝えられています。

玉垣内の砂利はお守りになると信仰されており、「五」「大」「力」の字が記された砂利を探してお守りにすると霊験があるといわれています。

 

境内の北側の様子

住吉大社の境内北側にはかつて「新羅寺」という神宮寺がありましたが、明治年間の廃仏毀釈であえなく廃寺となりました。

今では駐車場の広がるやや寂しい空間となっているものの、大海神社や種貸社といった重要な境内社もあります。

当記事では奥側(東側)から見ていきましょう。

 

境内社群

境内北側の東端に境内社が西向きに並んでいます。右側(南側)から順に次の神社が鎮座。

  • 新宮社」(御祭神「伊邪那美命」「事解主命」「速玉男命」)
  • 八所社」(御祭神「素盞嗚尊」)
  • 今主社」(御祭神「国助霊命」)
  • 斯主社」(御祭神「国盛霊命」)
  • 薄主社」(御祭神「国基霊命」)

 

招魂社

先の五社の左側(北側)に隣接して「招魂社」が西向きに鎮座。御祭神は「諸霊神」。

この建築はかつて住吉大社神宮寺の新羅寺にあった護摩堂を転用したもので、当社に残る唯一の新羅寺の建築です。

本瓦葺の平入入母屋造のこの建築は元和五年(1619年)に建立されたもので、国指定重要文化財

 

五社

招魂社の左側(北側)に隣接して「五社」が西向きに鎮座。御祭神は「神主七家祖神」。

住吉大社の初代神官である田裳見宿禰の七人の子を祖神として祀っています。

社殿は本瓦葺の五間社流造で朱塗りの施されたもの。

 

后土社

五社の左側(北側)から奥まったところ(東側)に「后土社」が鎮座。御祭神は「土御祖神」。

住吉大社の神域を守る土地神らしいが詳細不明。

社殿は桟瓦葺の妻入切妻造で朱塗りの施されたもの。

 

星宮

境内社群から離れて駐車場となっている空間に「星宮」が独立して南向きに鎮座。御祭神は「国常立命」「竈神」。

古くから竈神を祀って星祭りを行ったと伝えられているものの、竈神が国常立命と共に祀られ星神として信仰されているのは他に例が無く、このように祀られている理由は不明。

社殿は桟瓦葺の妻入切妻造で朱塗りの施されたもの。

 

種貸社

第一本宮前から北側へまっすぐ進み駐車場を抜けると「種貸社」が南向きに鎮座。御祭神は「倉稲魂命」。

社殿は真新しく、桟瓦葺の平入入母屋造の建物内に祠が納められており、拝殿と覆屋を兼ねたものと言えます。

当社は「苗見社」とも称し、古来五穀の種を授かって豊穣を祈る神社でしたが、時と共に商売の元本の神、また子宝の神として信仰されるようになりました。

上述のように毎月初の辰の日である「初辰さん」の日には最初にここへお参りするのが習わしです。

また式内社「多米神社」の論社にもなっています。かつては現在の住吉区長居の地に鎮座していたと伝えられ、跡地が現在も残っています

 

児安社・海子社

種貸社の右奥(北東側)に児安社(左側 / 西側)と海子社(右側 / 東側)が南向きに並んで鎮座。

児安社の御祭神は「興台産霊(ココトムスヒ)神」、海子社の御祭神は「鵜茅葺不合(ウガヤフキアエズ)尊」。

社殿はいずれも本瓦葺の妻入切妻造に朱塗りを施したもの。

児安社は縁結びと子育ての、海子社は安産の神として信仰されており、種貸社と共に育児を司る神として霊験あらたかなようです。

なお興台産霊神とは中臣氏・藤原氏の祖神である天児屋根命の父にあたる神です。この神を祀る神社は珍しいですが、この神が子育ての神として祀られている理由は不明。

また鵜茅葺不合尊は神武天皇の父であるとともに、大海神社(下記リンク参照)の御祭神「豊玉姫命」の子にあたることから海神としての神格が強いですが、海子社は大海神社や志賀社とは全く無関係の神社として祀られてきたようです。

 

境内北側には他に大海神社」および「志賀社が鎮座していますが、こちらは別記事にて紹介しています。

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境外社

住吉大社の南東すぐのところに二社の末社が鎮座しています。これらを見ていきましょう。

 

浅澤社

住吉大社の境内南東50mほどの地に「浅澤社」が鎮座。御祭神は「市杵島姫命」。

西向きの鳥居が建ち、池の中の方形の島に社殿が西向きに建っています。

社殿は桟瓦葺・平入切妻造の拝殿と銅板葺・妻入切妻造(住吉造の一種?)の朱塗りの本殿で構成されています。

毎月初の辰の日である「初辰さん」の日には三番目、楠珺社の次に参拝する習わしです。

また「住吉さんの弁天さん」と呼ばれ住吉大社へ参詣する女性は必ずお参りしたと言われてます。

 

かつて浅澤社にあったという大きな池は古来よりカキツバタの名所で、いつしか池は涸れてしまいました。

近年修理により復活が叶い、方形に区画された池にはカキツバタで埋め尽くされ、毎年五月中旬には再び綺麗なカキツバタの花が一面に咲き誇るようになったようです。

案内板

浅沢の杜若

 

大歳社

浅澤社の右側(南側)に隣接して「大歳社」が西向きに鎮座しています。御祭神は「大歳神」。

西向きに鳥居が建ち、境内の石畳に沿って進むと奥に桟瓦葺・平入切妻造の社殿が西向きに建っています。この社殿に祠が納められてあり、拝殿と覆屋を兼ねた建物となっています。

上述のように毎月初の辰の日である「初辰さん」の日には四番目、浅澤社の次に参拝する習わしです。

大歳神は穀物神・収穫神で、ここから転じて集金満足に霊験があるとされています。

また式内社「草津大歳神社」を当社に比定する説があります。

 

大歳社の境内右手(南側)に「おいとしぼし社」が鎮座しており、妻入切妻造の拝殿内には「おもかる石」があります。

最初に石を持ち上げ、一旦置いて願いを祈った後に再び持ち上げた時、最初よりも軽く感じれば願いは叶い、重く感じれば願いは叶わないといわれています。

 

「おもかる石」の背後に朱鳥居が建ち、その奥に銅板葺・一間社流造の社殿が建っています。

「おいとしぼし社」の御祭神については資料がありませんが、元はイチョウの巨樹の下で祀られていたといい、「龍神」「金龍」として信仰されているようです。

 

境内周辺の様子

住吉大社の社前には阪堺電車が走っており、鳥居の前に住吉鳥居前停留場、境内の北西に住吉停留場があります。

この写真は住吉鳥居前停留場に停車する「モ161形」。稼働年数が90年以上にもなる現役最古の電車です。

冷房が無いため夏場の運用は無いものの、冬場なら運が良ければ乗ることが出来るかもしれません。

 

住吉停留所の待合所。建物自体はかなり古いものと思われますが、塗装したばかりで綺麗な状態となっています。

 

かつて住吉鳥居前停留場の少し西側、南海電車の住吉大社駅すぐ側に阪堺電車の住吉公園停留場がありました。

住吉停留場から分岐した上町線の終着駅だったものの2016年1月31日で廃止となりました。

 

住吉停留場の北側にある和菓子店「喜久寿」さん。

ふっくらとしたどら焼きがとても美味で住吉名物となっています。住吉大社へお参りの際は是非。

 

南海電鉄住吉大社駅の西側には「住吉公園」が広がっています。かつてはここも住吉大社の境内でした。

今では宅地が広がり想像しにくいですが、かつてはこの公園の西端が海岸線となっていたようです。

 

住吉公園の西側、道路を挟んだ向かい側に「住吉高灯籠」が建っています。鎌倉時代に初めて建てられたもので日本最古の灯台とも言われています。

戦後に解体され基礎も撤去されてたものの、昭和四十九年にコンクリート造で復元されました。住吉大社がかつて海に面していたことを偲ぶものです。

 

今度は住吉大社の東側を歩いてみると、古い民家が意外に残っていることに気が付きます。

江戸末期~明治年間頃のものと思われ、大阪市内とはいえ、このように古い町並みは想像以上に残っていたりします。

 

地図

大阪府大阪市住吉区住吉

 

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